目次
まえがき
第Ⅰ部 洋の東西を分かつ――エーゲ海
1 アテネ〈ギリシャ〉――光とかげの錯綜する都市
2 ロドス〈ギリシャ〉――「太陽とバラの島」に残るヨーロッパ中世の街並みと文化の重なり
3 アイヴァルック〈トルコ〉――エーゲ海の桃源郷
4 イズミル〈トルコ〉――分断の解決か、都市の保全か、大火後の都市再生
[コラム1]フランスの建築家・都市計画家アンリ・プロスト
5 ティレとその周辺〈トルコ〉――アイドゥン君候国の足跡が残る町
第Ⅱ部 東方への玄関口――アドリア海
6 ヴェネツィア〈イタリア〉――周辺地域に支えられて形成・発展したヴェネツィアの側面
7 トレヴィーゾ〈イタリア〉――素朴な町の多様な水辺空間
8 ベッルーノ〈イタリア〉――山の小さなヴェネツィア
9 ウルビノ〈イタリア〉――歴史と自然が育んだ理想都市
[コラム2]ウルビノのコミュニティ・アーキテクト G・デカルロ
10 スプリト〈クロアチア〉――にぎやかな廃墟
[コラム3]フヴァル島のスターリグラード平原
11 ドゥブロヴニク〈クロアチア〉――アドリア海の都市国家とユーゴ内戦
12 コトル〈モンテネグロ〉――港の奥に佇む街
13 ティラナ〈アルバニア〉――開発の進む首都の街歩きから
第Ⅲ部 ローマからプロヴァンスへ
14 ローマ〈イタリア〉――フォロ・ロマーノからカンピドーリオ広場への道
[コラム4]理想都市――その出発点ピエンツァ
15 ピ サ〈イタリア〉――川の港町から学術都市へ
16 フィレンツェ〈イタリア〉――近代と観光が洗練させる都市文化
[コラム5]レオン・バッティスタ・アルベルティ――万能の天才と地中海世界
17 ジェノヴァ〈イタリア〉――迷宮の港町と栄光の近代
[コラム6]上質で洗練された北イタリアの農泊、アグリトゥーリスモ
18 旧市街ル・ロシェ〈モナコ〉――タックス・ヘイヴンの地に中世のおもかげを求めて
19 サン=トロペ〈フランス〉――土地のポテンシャルとリゾート開発の契機
20 エクス=アン=プロヴァンス〈フランス〉――古代ローマ人が残した「千泉の街」
第Ⅳ部 コート・ダジュールからコスタ・デル・ソルへ
21 マルセイユ〈フランス〉――路面電車で旅するベル・エポックの港町
[コラム7]ローマ都市、エクスとマルセイユ
22 ゴルド〈フランス〉――南仏の美しい村
[コラム8]プロヴァンスの石とプイヨン
23 エグ・モルト〈フランス〉――カマルグ湿原にまどろむ中世城塞都市
24 セット〈フランス〉――ラングドック地方の「ヴェネツィア」?
25 ジローナ〈スペイン〉――中世に最も近いカタルーニャの町
26 バルセロナ〈スペイン〉――都市としての存在の意思
27 バレンシア〈スペイン〉――時代横断型サイクリングコース
第Ⅴ部 アンダルシアからモロッコへ
28 セビーリャ〈スペイン〉――異文化の重なりが生んだ町
29 コルドバ〈スペイン〉――中世イスラーム都市の残照とキリスト教文化の遺産
[コラム9]レコンキスタがもたらした共生の都市文化
30 ラバト〈モロッコ〉――歴史の上に築かれた王都
31 カサブランカ〈モロッコ〉――寛大な姿勢と相互の理解、都市計画とアール・デコ
32 エッサウィラ〈モロッコ〉――グナワが聞こえる芸術の港
33 マラケシュ〈モロッコ〉――歴史都市に遺産の継承を学ぶ
34 オートアトラス南麓の街々〈モロッコ〉――海岸線から沙漠へ続く道
35 農村の生活を支えるアルガン〈モロッコ〉――南西部スース=マサ地方の女性協同組合の活躍
36 フェス〈モロッコ〉――迷宮の中の秩序
第Ⅵ部 地中海の南――マグリブ
37 アルジェ〈アルジェリア〉――街を飛び交う複数の言語
38 ガルダイヤ〈アルジェリア〉――建築の聖地
39 カビリー〈アルジェリア〉――歌とビールと宗教と
40 コンスタンチーヌ〈アルジェリア〉――難攻不落の山城の町
41 チュニス〈チュニジア〉――都市空間のつながり、建築様式のつながり
42 マトマタのアマジグ村落〈チュニジア〉――荒野に実るオリーヴ
43 ジェルバ島〈チュニジア〉――イバード派の遺産が残る島
44 トクラ(タウケイラ)遺跡〈リビア〉――潮風に消えゆく遺跡
45 カイロ〈エジプト〉――マムルーク(軍人奴隷)たちの遺産
46 アレキサンドリア〈エジプト〉――古代都市と近代都市の狭間で
第Ⅶ部 中東の海――レヴァント
47 エルサレム〈イスラエル/パレスチナ〉――聖地をめぐる静かな分断
[コラム10]映画に見る地中海都市
48 ベイルート〈レバノン〉――ダウンタウンの記憶
49 カッブ・イリヤース〈レバノン〉――ハイイの消滅
50 ダマスクス〈シリア〉――消滅しつつある世界最古の現存する都市
[コラム11]中東での住宅の魅力はパラダイスの中庭にあり
51 アパメア〈シリア〉――列柱道路を歩いた日
52 デッド・シティ〈シリア〉――初期キリスト教文化に彩られた「死の町」
53 アレッポ〈シリア〉――内戦前のファラジュ門地区
54 ニコシア〈キプロス〉――キプロスの分断された首都
55 ラルナカ〈キプロス〉――白い湖と二つの宗教
[コラム12]トロドス山脈の教会群
第Ⅷ部 遥かにアジアを望む――アナトリア
56 アニ〈トルコ〉――アルメニアの栄華を語る廃都
57 トラブゾン〈トルコ〉――ビザンツ期の教会堂・修道院建築の宝庫
[コラム13]黒海の教会の島ネセバル
58 エルジンジャン〈トルコ〉――移動する都市、移動する地震
59 イスケンデルン〈トルコ〉――レヴァンティンたちの夢の跡
60 カッパドキア〈トルコ〉――黒曜石と聖ゲオルギオス伝説
61 ブルサ〈トルコ〉――オスマン都市の名残をとどめる美食と温泉の都
62 イスタンブル〈トルコ〉――地中海世界の永遠の帝都
[コラム14]クズグンジュック――ボスフォラス海峡に暮らす
地中海を旅するための文献案内
前書きなど
まえがき
真っ青に晴れ渡った空、太陽の照りつける大地、鬱蒼とまとわりつく蔦の下にのぞく古建築、そして海。地中海という言葉を聞いて思い浮かべる光景は人それぞれであろう。本書は、まばゆい色彩と歴史の豊かさに満ち溢れた地中海世界の「都市探訪」、つまり街を歩くことの魅力に光を当てる。地中海を謳うからといって、なにも港湾部など海沿いの都市空間に限定することはなく、その後背地にあって海からの広域的な恩恵を受けてきた都市・地域も含めた。
編集にあたっては、都市や地域、あるいは建築を専門とされる若手中心の研究者の方々に、文系・理系、また旧知の有無を問わず執筆をお誘いした。経験上、研究者の多くは文献や現地調査を通じて地域への深い敬意と愛情をもっているものと思われるが、本業はいわゆる学術論文の執筆であるはずなので、なかなかそれを活字にする機会には恵まれない。そこで、「論文ではなくて歴史をふまえた街歩きのエッセイを」という条件の他は、内容はもっぱらそれぞれの執筆者にお任せし、普段は内に秘めているとっておきの情景を素描してもらうことにした。むしろそれが本書の特徴となっていよう。章立ては、アテネから始まって反時計回りにぐるりと地中海をめぐり、最後にイスタンブールに戻ってくるという、まさに一周旅行の旅程のような流れとした。もちろん、読者には、好きな都市から読んでもらって構わない。
街歩きは歴史や文化の舞台を自ら体験することである。地中海地域の魅力は、ヨーロッパ/中東、ないしキリスト教/イスラームといった、われわれがつい陥ってしまいがちな図式を超えて、様々な文化が交じりあって一つの世界を形成していることであろう。ギリシャ・ローマの遺跡を通り過ぎたと思えば、イスラームのモスクが突如目の前に現れたりする。それが都市を旅することのだいご味であり、本書を通じて読者に共有してもらいたい全てである。
ただ、まさにそれゆえに、今日の地中海は、様々な文化の歴史的な対立を目の当たりにさせるような、移民・難民が命がけで渡る海ともなってしまった。歴史と文化が織りなす調和と美しさは、それが崩れたときの過酷さと裏腹であった。明石書店編集部の兼子さんからの要望は、地中海といっても、海の北側つまりヨーロッパ側だけでなく、東側の中東(レヴァント)、南側の北アフリカ(マグリブ)にも重点を置いてほしいということであった。できるだけそれに応えようとしたつもりではあるが、内戦によって実際に旅することもできない国も多く、また特に建築分野で若手の執筆者は決して多くなかった。今後、若い人の参加に期待したい。
本書では地中海に関する学問的定義には必ずしもこだわらなかったが、それでも街歩きを続けていくうえで共通性を感じさせるいくつかのキーワードが、期せずして出てきているように思われる。ヨーロッパの都市に東や南の要素が、レヴァントやマグリブの都市に北の要素が見出されるのが地中海都市の魅力である。読者には、ぜひそのような都市のキーワード探しの楽しみを通じて、地中海という「世界観」を切り拓いてもらいたい。あるいはひょっとすると、そこから新しい研究の切り口が見えてくるかもしれない。
(…後略…)