目次
はじめに――この本の成り立ちとねらい
第1部 世界を変える! ナミビアのベーシック・インカム――ベーシック・インカム給付試験実施プロジェクト評価報告書〈2009年4月〉
訳者から読者のみなさんへ
神学的なまえがき
読者へ
謝辞
要約
1 大きな目標をもつ小さな実験――ベーシック・インカム給付
第1節 実験プロジェクトの概要
第2節 どのようにしてオチベロ・オミタラが選ばれたか
第3節 ベーシック・インカム給付の実施
第4節 調査方法
2 パンを保証された村人は何をして、村はどうなったか?――影響評価
第1節 実施前の貧困の実態
第2節 ベーシック・インカム給付への期待
第3節 変化を語る
第4節 オチベロ・オミタラの概観
第5節 コミュニティの動き
第6節 アルコール
第7節 犯罪
第8節 貧困水準
第9節 飢餓と栄養失調
第10節 健康状態
第11節 教育
第12節 経済活動、収入、支出
3 全国レベルの給付を目指して
第1節 財源
第2節 持続可能性
第3節 現金移転と経済発展
第4節 地域レベルの経済発展
第5節 結論
第2部 学生たちと訪ねたベーシック・インカムの現場――ナミビア、ブラジル、インド、アラスカ、イラン
著者から読者のみなさんへ
1 ナミビア 2010年8月31日~9月17日
人の助けになることがしたくって
2 ブラジル 2011年8月29日~9月15日
権力を取らずに世界を変える!
3 ナミビア 2012年8月31日~9月18日
村人を先頭に、首都に向かってデモ行進
4 インド 2013年2月13日~28日
みんな自分の意見を言うようになった
5 アラスカ 2013年8月29日~9月8日
正義を実現するには経済的な力がいる
6 イラン 2014年3月2日~17日
ああ、ヤーラーネ!
あとがき
前書きなど
はじめに――この本の成り立ちとねらい
(…前略…)
この本のねらい
以上、ベーシック・インカムと筆者との出会いから始めて、世界に広がるベーシック・インカム実験と無条件な現金移転の流れと背景、歴史的正義回復と連動するその人類史的な意義を説明してきた。
本書のねらいは、もはや明らかだろう。
第一に、ナミビア実験の評価報告書の全訳を提供することで、読者のみなさんに、ベーシック・インカムが、個々人と村落のコミュニティに対してもつ、現実の効果と影響力を、詳細に知っていただきたい。そこには、保育、教育、医療、保健、経営、地域経済、コミュニティ論、社会開発、経済開発、開発援助などのさまざまな分野にわたる興味深い知見が見いだされるはずだ。それは同時に、「先進資本主義」国の都市部の失業者や貧困層へのマイナスイメージに対して、世界の大部分を占める「発展途上国」の慢性的失業者とその家族についてのリアルなイメージをもってもらうことになるだろう。そこから、ベーシック・インカムは、怠け者で、何もしようとしない人間を作り出すだけではないかという、ベーシック・インカムに関する議論で必ず現れる懸念に対して、みなさん自身が、実例に基づいた議論を展開できるようになるだろう。
第二に、筆者がゼミ生たちと現地を訪れた訪問記を提供することで、ベーシック・インカム実験については、ナミビア実験評価報告書にあるようなミクロな効果だけでなく、実験それじたいをとりまくマクロな状況についても知っていただきたい。またアラスカやイランのような無条件現金移転については、歴史的経緯やミクロ、マクロな現状とともに、ベーシック・インカムとの距離やその可能性についても知っていただきたいと思う。それは、みなさん自身が、ベーシック・インカムの財源調達や、政治的な実現可能性について考える有力な手段となるだろう。
第三に、すでにここまでの文章であけすけに示したように、筆者がベーシック・インカムを見る視点はきわめて特異なものだ。筆者は、昨今再び盛んになってきた先進国の失業・貧困対策としてのベーシック・インカムの議論は、国内的な政策選択の問題としてのみ議論されすぎているように思う。福祉国家の破産、失業者に対して国際競争力のある職業訓練を提供するアクティベーションの可能性といった問題がほかならぬグローバル化によって引き起こされたように、今日の社会保障の問題は、先進国の場合でも、もはや純粋な国内問題ではありえない。ベーシック・インカム導入の議論は、グローバルなベーシック・インカムの展望と結び付けられるときにはじめて、移民問題や多国籍企業の規制問題への道が開け、現実的に意味あるものとなると思う(詳しくは、岡野内正『グローバル・ベーシック・インカム構想の射程』法律文化社、2016年刊行予定。さらに、グローバルな階級構造の変化と労働問題の視点からベーシック・インカムに接近する、ガイ・スタンディング著、岡野内正監訳『プレカリアートの時代』法律文化社、2016年刊行予定、も参照)。
グローバル化した21世紀の現代社会は、テロリストを続々と輩出し、民族対立が煽られ、地球環境危機に直面している。このような今日の人類が直面する人格・公共圏・環境の危機を乗り越え、人類の平和と幸福、ほんとうの「安全保障」を実現する希望を見いだすことは急務だ。今のところ筆者には、グローバルなベーシック・インカムを入り口に、歴史的正義回復に取り組むという方向以外に、その希望が見えない。
もちろん世界広しといえどもこの方向を追及している人は、今のところ私だけのようだ。71億人のなかで、グローバル・ベーシック・インカムの議論がせいぜい10人ほど、歴史的正義回復もさまざまの分野でごく少数だ。本書を読むあなたは、人類史の最先端にいる。いや、最後尾というべきか。このまま先端技術とともに進んでも、人類全体の明るい未来はない。この先は断崖絶壁の闇だ。最後尾の人が率先して、これまで切り捨ててきたものを一つひとつ、ていねいに拾いながら、来た道を戻る。71億人で食料を分かち合う。海空山川を汚し、人を殺し、略奪してきた廃墟と過去の記憶をていねいに掘り起こし、語り合う。ひとりひとりの思いの伝え合いの広さと深さを楽しみ、ともに地球の快復を喜ぶような命の営みのなかに未来を創っていくしかない。本書をきっかけに、読者のみなさん自身が、人類史の根本的な転換に取り組む議論に参加していってほしいと思う。