目次
はじめに
サウード家 家系図
地図
Ⅰ 歴史と政治
第1章 イスラームの誕生――サウジアラビアの源流
第2章 ワッハーブ主義とは何か――変化する「厳格な解釈」
第3章 第一次サウード朝、第二次サウード朝――政治的挫折
第4章 苦労人アブドゥルアジーズの政治的提携と外交――サウジアラビア王国の建国
第5章 イスラーム統治体制の基本理念とその変遷――カリフ制とスルターン制
第6章 サウード家の統治――歴代国王
第7章 サルマーン第7代国王――さまざまな対話を重んじる現実主義者
第8章 イスラーム、王族、石油による統治――権威主義体制
第9章 アラブの春と遅れる民主化――期待が寄せられるメディアの役割
第10章 行政改革――制度改革と人的資源開発
第11章 初の包括的テロ対策法――脅威の深刻化と「安全保障化」
【コラム1】アラビアでの日本人の詩情――歌人たちの場合
【コラム2】「日本紹介番組」と言われた『ハワーティル』を考える
Ⅱ 社会変容と伝統
第12章 グローバル時代のイスラーム国家――急速な都市化
第13章 強い宗教意識と弱い国民意識――国民のアイデンティティの変化
第14章 イスラーム生活のリズム――儀礼と暦
第15章 家族の絆とコミュニティー――男女の住み分け社会
第16章 古代から続くもてなしの心――コーヒー・シャイ・カブサ
【コラム3】サウジアラビア人の死生観
第17章 教育改革と学生の意識――移り変わる社会観
第18章 高等教育――創造的教育をめざして
【コラム4】サウジアラビア人留学生――宗教と近代化のはざまで浮遊する若者たち
【コラム5】アラブ詩揺籃の地における現代小説の夜明け
【コラム6】現代アート――躍進するアートとタブーへの挑戦
Ⅲ 地方の様子
第19章 賢い地域開発へ向けて――建設ラッシュと「住民」参加
第20章 サウジアラビアが守る聖地――マッカとマディーナ
第21章 リヤドの拡張と再開発――21世紀のオイルブームを背景に
第22章 東部州――広大な堆積層がもたらす豊かな恵み
第23章 北部諸州――古代オリエント文明の後背地
第24章 シーア派政策――和解と衝突の狭間
第25章 アシール山地の自然保護区と地域住民のかかわり――社会的重要性からビャクシン林の保全を考える
第26章 ヒョウを罠でしとめる――ビャクシン林における野生動物と人のかかわり
第27章 アシール山地の農業――ビャクシン林におけるなりわい
第28章 ハチミツの味わい――ビャクシン林の恵みを享受する
第29章 詩を吟じて男になる――男性割礼の治療に用いられたビャクシン樹皮
Ⅳ 生きる素顔
第30章 文化祭典ジャナドリーヤ――王国が受け継ぐ多彩な文化社会遺産
第31章 ラクダ・レースのジョッキーたち――スーダンからの出稼ぎ民のネットワーク
【コラム7】ウマ・ラクダ・狩猟の専門雑誌『アル=バワーシル』を読む
第32章 変化する女性のライフスタイル――教育レベルの向上、労働そしてシングル化
第33章 女性の地位と暮らし――女性の運転免許とヴェールをめぐって
第34章 社会福祉政策の変化――政府と国民を結ぶ制度
第35章 スポーツ事情――イスラームとの整合性
【コラム8】ホームドラマ『ターシィ・マー・ターシィ』をみる
【コラム9】映画『少女は自転車にのって』
Ⅴ 悠久の時間
第36章 アラビア半島の生い立ち――新生代での半島の完成(6000万年の変化)
第37章 アラビア半島の地形――形成過程の異なる五つの地形
第38章 アラビア半島の地質――12億年にわたる地殻変動の記録
第39章 天然資源――世界経済を左右する巨大油田群と期待される鉱山開発
第40章 気候、土地利用、緑化――尊い恵みの雨での沙漠活用や緑化
第41章 観光と遺跡・文化財――期待される発掘調査
第42章 プレ・イスラーム時代の遺跡――古代の香料の道
第43章 イスラーム時代の遺跡――交易・巡礼の道と都市
【コラム10】岩壁碑文
Ⅵ 経済
第44章 石油収入の分配――レンティア国家論
第45章 国家丸抱え経済からの脱却――民営化と外資導入
第46章 石油・ガスセクターの今後――利益の極大化をめざして
第47章 対照的な労働環境――サウジアラビア社会の外国人労働者
第48章 深刻な若者の失業――煽りを受ける外国人労働者
第49章 観光地としての展望――進む観光開発
【コラム11】サウジアラビアを取り巻く海洋
第50章 石油依存経済からの脱却をめざして――工業化・農業化
第51章 金融グローバル化――サウジアラビアの金融システムとイスラーム
第52章 サウジアラビアにおける金融ビジネスの進化――イスラーム金融市場の拡大
第53章 巡礼と先端技術――あらゆる技術導入の牽引力
【コラム12】情報社会に応えるソフト・パワー戦略――衛星テレビ、新聞、SNS、IT機器の普及
Ⅶ 外交
第54章 持続する「特別な関係」――米・サウジアラビアの関係
第55章 2011年以後の中東域内政治への対応――域内大国として独自力を打ち出す
第56章 石油外交――石油市場安定化の役割
第57章 皇室とサウード王家――日サ交流・友好の象徴
【コラム13】サウジアラビアに捧げた20年――毛利彰介氏
第58章 高まる期待感――日本・サウジアラビアの経済関係
第59章 日本の中のイスラーム社会――日本人ムスリム
第60章 安定したイスラーム社会に向けて――対アラブ・イスラーム世界外交
【コラム14】サウジアラビア人から見る日本の宗教生活
第61章 対GCC外交――GCCの盟主としての舵取り
第62章 中東和平外交――調整役を果たせるか
第63章 国際連合とサウジアラビア――関与を強化した覚悟は?
サウジアラビアを知るための文献案内
前書きなど
はじめに
サウジアラビア人たちに接したとき、イスラームの価値が生活のさまざまな側面に投影されていると同時に、彼らの考え方が想像以上に多様で奔放であることに驚く。またサウジアラビア人の篤いもてなしの慣行を体験したとき、彼らの礼儀正しさ、優しさや道徳に気づくだろう。
サウジアラビアは、これまでにその素顔を理解することが実に難しい国であった。そこで本書では、サウジアラビアでのフィールド経験が豊富な方々や、斬新な視点をもつ執筆者たちに依頼することにつとめた。本書は、サウジアラビアの多面性に配慮した世界でもユニークな紹介である。
サウジアラビアはイスラームに基づく国づくりを進めてきた国であり、本書ではイスラームに基づくサウジアラビアの価値体系について各章で論じている。他方で本書の各執筆者が描いてくれているサウジアラビアの姿は、イスラームだけには還元できない多層性を備えた価値体系である。サウジアラビア人は、イスラームを価値の第一の源泉と見なしているが、人びとの宗派は多様であり、イスラーム復興に対する国民の間の姿勢には温度差がある。またサウジアラビアの各地域は、地方性や方言に富む。
またサウジアラビアの政治、経済、社会、文化、自然、地理の各側面は、独特な特徴をもち、それらが複雑に絡まり合っている。政治的には王制であり、経済は石油収入に依存するレンティア経済(第44章参照)を特色とする。牧畜業は今でもさかんではあるが、家をもたないテント住まいのベドウィンはもはや皆無に等しく、高度な都市化や消費社会がサウジアラビアの特徴となっている。他方、サウジアラビア政府はEガバナンス化政策を推進し、国内メディアでは国の将来について活発な議論が行われるようになった。サウジアラビアの改革は、国連開発計画から高い評価を受け続けている。
王制、レンティア経済、急速な都市化、男女分離の慣行、灼熱の気候や沙漠、これらの一つ一つが、一般の日本人の常識や想像では及ばない実態を有すると同時に、それらが独特の組み合わせ方で統合されている。しばしば、サウジアラビアという国と何年もつきあっても新たな発見に出会い続ける奥深さが感じられると言う人に出会う。
サウジアラビアは、現在に至るまで、アクセスが容易ではない国である。本書の出版時点(2015年)で、ビザ申請の際に身元保証人が必要な制度は緩和されていない。ビザの問題をサウジアラビア人の識者に何度か指摘してみたが、他の国の人びとが大勢サウジアラビアに来ているのに、どうして日本人は少ないのだと何度も反論された。
サウジアラビアに関してフィールド研究の体験をもつ専門家が希少なこれまでは、サウジアラビアに関する多くの著述は、適切な理解の視点をもたず、明白な根拠に基づかないままに批判的な観点で行われてきた。今でも欧米やアラブでのサウジアラビアに関する報道は、根拠の不明確な憶測が多すぎる。サウジアラビアはマッカとマディーナというイスラームの二聖地を擁し、ワッハーブ主義が強い国家であるとよく知られているにもかかわらず、意外にもイスラーム専門家や中東専門家たちは、内心ではサウジアラビアは「本当のイスラームの」国家と見なしていないように思われる。この理由は、イスラーム教そのものがときとして「信者の数だけ異なる解釈がある」と言われる多彩な解釈を生み出す構造を内包していることがあげられよう。また王制や石油依存経済への批判者が多い点を指摘できるだろう。さらに政治研究の専門家が、信頼性の高い情報源にアクセスせずに、反政府分子のデマゴーグを重宝したことも影響しているだろう。
以上のような諸事情を改善するためには、サウジアラビア人の価値体系とその変化について、一定の包括性を保って具体的に提示する地域研究的な手法が解決策として必要だと考えられた。本書でサウジアラビアについて批判する際には、彼らの発展に資する建設的で現実的な観点で行われた。本エリア・スタディーズシリーズは、サウジアラビアの多面性を一度に論ずる著作を出版するために最適な機会を提供してくれることとなった。
(…後略…)