目次
はじめに
序章 近現代ネパールの政治と社会――マオイストの伸長と地域社会[石井溥]
一 ネパールの近世・近代の社会・政治の特徴
二 内戦(マオイストの「人民戦争」、武装闘争)と地域社会
三 内戦後のネパールの行方
四 むすび
第一部 マオイストの台頭・伸長と人々の対応
一章 武装闘争から議会政治へ[小倉清子]
一 コミュニストの「夢」だった武装闘争
二 人民戦争前半の戦略
三 戦略転換をもたらした王宮虐殺事件
四 ネパール王国軍との全面対決が始まる
五 七政党との協力のきっかけとなった国王クーデター
六 「四月革命」から和平プロセスへ
七 国会、武器管理、王制の問題
八 武装勢力から議会政党に
九 制憲議会選挙における大勝利
十 共和制への移行、マオイスト政府の発足
十一 八ヵ月間で倒れたマオイスト政権
二章 マオイストの犠牲者問題――東ネパール・オカルドゥンガ郡の事例から[渡辺和之]
一 はじめに
二 オカルドゥンガ郡にみるマオイストの組織構成
三 犠牲者追悼集会
四 誰が犠牲者になったのか?
五 犠牲者の家族の経験
六 誰がなぜどのように犠牲者になったのか?
三章 西ネパールにおける集団避難二〇〇四年[安野早己]
一 ビスタピットとは
二 シュズ・カス・アビヤン(マオイスト補充キャンペーン)
三 カダ村の集団避難(二〇〇四年)
四 ブドゥ村の集団避難(二〇〇四年
五 INSECによる帰還援助
六 キラナラ(ラジェナ)避難民キャンプ(二〇〇六年)
七 結びにかえて
四章 ネパール領ビャンスにおける「政治」の変遷――村、パンチャーヤット、議会政党、マオイスト[名和克郎]
一 はじめに
二 政党政治以前
三 政党政治初期
四 内戦期
五 内戦後
六 「政治」と政治の間
七 おわりに
五章 開発、人民戦争、連邦制――西ネパール農村部での経験から[藤倉達郎]
一 はじめに
二 西ネパール中部山地の村から
三 西ネパール平野部のタルー人社会活動家たちの履歴と「紙」の重要性
四 連邦制とタルー自治州の要求
五 おわりに
六章 ガンダルバの歌うネパールの変化――王政から国王のいない民主主義へ「森本泉]
一 はじめに
二 ガンダルバ――社会文化的背景
三 国王のいる民主主義と専制君主制――アンドーランしよう!
四 ロクタントラ(国王のいない民主主義)を求めて――王宮事件から
五 制憲議会選挙――皆で投票しよう!
六 おわりにかえて
第二部 マオイストの政党化とネパール社会
七章 マオイストの国家論と制憲議会選挙公約[谷川昌幸]
一 マオイスト国家論と制憲議会選挙公約
二 マオイスト国家論のイデオロギー的特質
三 マオイスト国家論の基本構造
四 マオイスト国家論の二面性
八章 市民の至上権は新しいネパールにおける包摂的政治の道しるべとなるか――二〇〇八年制憲議会選挙における各政党の得票の動向から[マハラジャン、ケシャブ・ラル/マハラジャン、パンチャ・ナラヤン]
一 はじめに
二 市民の至上権とは
三 市民の至上権が注目される直接の事件
四 総選挙
五 選挙直後の政治――コンセンサスか多数派工作か
六 包摂性と国民の負託
七 まとめ
九章 民族運動とマオイスト――マガルの事例から[南真木人]
一 はじめに
二 ボジャ村の人にとってのマオイスト
三 二〇〇八年制憲議会選挙
四 マガルの民族運動
五 考察
六 おわりに
十章 チトワン郡チェパン村落における政党支持と抑圧の顕在化[橘健一]
一 はじめに
二 調査地について
三 民主化以前の政治体制と政党支持
四 一九九〇年民主化と支持政党
五 一九九七年地方選挙
六 マオイストの台頭と移住問題
七 二〇〇八年制憲議会選挙
八 まとめ
十一章 「寡婦」が結ぶ女性の繋がり――ネパールにおける寡婦の人権運動[幅崎麻紀子]
一 はじめに
二 寡婦を捉える視点
三 寡婦からエッカルマヒラ(単身女性)へ――寡婦運動の展開
四 寡婦運動を展開するアクター
五 寡婦運動がもたらす生活への影響
六 寡婦運動がもたらす社会変化
七 繋がりとしての「寡婦」
八 まとめ
あとがき
ネパール近現代政治史略年表
用語解説
ネパール郡区分図
主な政党名の略語対応表
索引
前書きなど
はじめに(編者)
本書は近年のネパールの政治と社会を主題とし、ネパール共産党(毛沢東派)(以下「マオイスト」と省略)の武装闘争とそこから拡大した内戦、および、それ以後の政治の表舞台へのマオイストの登場の時期に注目するものである。マオイストが力を得た経過・理由、その思想などを把握することは、今日のネパールとその行方を理解するうえで重要であるが、これは、それにできるだけ接近するために行われた国立民族学博物館での共同研究の成果の一部である。
この共同研究は、日本の研究者が中心になって行ったが、ネパール人研究者の参加もみている。分野の面では、文化人類学を専門とする者が多く、政治学、地理学、地域経済学、ジャーナリズムなどからもそれぞれ一~二名が加わった。その全員が、ネパールでかなりの期間にわたってフィールドワークや取材を行ってきた経験をもち、それを踏まえて本書の主題に関連する研究に取り組んできている。本書の各論の関心の所在はさまざまであり、政治過程そのものを扱ったものから、国家論・思想、内戦の社会的影響、地域社会の変化や階層の動向、社会的包摂の議論などに及ぶ。
そのうち、一~三章、および七章は、それぞれ異なる面からマオイストの動きとその影響を論じたものである。四~六章では、内戦の時期を含めつつ特定の地域やグループに焦点をあててネパール社会の変化と人々の行動を分析する。八~十章は、マオイストや民族・地域に注目しつつ、内戦後はじめての選挙(〇八年)をそれぞれ異なる視角から扱っており、十一章は近年のネパール社会を把握するために重要と考えられるジェンダーに関わる問題を論じている。それらはみな近年の政治変化を念頭においた議論となっており、マオイストへの関心を欠かすことはできないが、必ずしもすべての論考がマオイストを主題としているわけではない。大変に多様な社会であるネパールを理解するためには、マオイスト問題やその影響を念頭におきつつ、異なる側面に焦点を当てることが必要で、本書はそれに少しでも接近しようとするものである。
本書各章の理解のためにネパールの近代史の知識が必要なことはいうまでもない。そのために以下の序章においては、ネパールについての概況的情報と政治過程の概略をまず提示し、あわせて各論を軸にしつつ先行研究を参照する形での考察を加え、本書の包括的な理解と展望を目指したい。