目次
まえがき
Ⅰ マドリードとカスティーリャ
第1章 自然と風土――カスティーリャ精神を育んだ土地
第2章 レコンキスタの最前線――カスティーリャの台頭
第3章 「カスティーリャ語」から「スペイン語」へ――世界に広がった言語
第4章 カスティーリャとカスティシスモ――「生粋のスペイン」を求めて
【コラム1】アルバ公爵家――世界有数の名門貴族
Ⅱ 歴史
第5章 カスティーリャ王国の歴史――統一スペインの礎
【コラム2】天正少年使節
第6章 王都マドリードの誕生――ヨーロッパでいちばん高いところにある首都
【コラム3】慶長遣欧使節
第7章 スペイン王位継承戦争――戦争の影は長く
第8章 スペイン独立戦争――ナポレオンと戦ったスペイン人
第9章 米西戦争完敗の波紋――カスティーリャvsカタルーニャ
第10章 第二共和制期のマドリード――激動の5年間の変遷
第11章 内戦期――マドリードがスペインの首都ではなくなった一時期
【コラム4】戦没者の谷
第12章 フランコ体制のもとで――反共全体主義国家の実態
第13章 23-Fクーデターと国王フアン・カルロス1世――国王の英断、過去の亡霊との決別
第14章 スペインにおける「3・11」――マドリード同時列車爆破テロ事件の波紋
Ⅲ 暮らしと文化
第15章 民俗音楽と舞踊――人々の暮らしとともに
第16章 聖週間を訪れる――バリャドリードの聖体行列
第17章 カスティーリャの多彩な祭り――宗教祭と収穫祭の融合化
第18章 カスティーリャの闘牛――原始闘牛の発祥の地か?
【コラム5】ラ・マンチャの風車
第19章 カスティーリャの食文化――食の変遷今昔
第20章 マドリードとカスティーリャのプロサッカーチーム――「会長」の歴史を中心に
第21章 サラマンカ大学――その成り立ちと発展
【コラム6】マドリード界隈で活躍した科学者たち
Ⅳ 文学と思想
第22章 月の女神は彷徨う――ユダヤ神秘主義、スペイン・カバラーを巡って
【コラム7】トレド翻訳学派
第23章 カトリック神秘主義――聖テレサと十字架の聖ヨハネ
第24章 騎士道物語――大航海時代のスペインで大衆化
第25章 セルバンテスの人生と『ドン・キホーテ』――前編と後編に謄写された作家の生き様
第26章 ロペ・デ・ベガ――貴族を夢見た刺繍職人の息子
第27章 ティルソ・デ・モリーナ――ドン・フアン神話の創造者
第28章 フランシスコ・デ・ケベード――ボルヘスの師、文学者のための文学者
第29章 ホセ・エチェガライ・イ・エイサギーレ――スペイン初のノーベル文学賞受賞作家
第30章 オルテガ・イ・ガセット――環境との対話から生まれたオルテガ哲学
第31章 アントニオ・マチャード――カスティーリャをうたった詩人
【コラム8】文学カフェの風景
Ⅴ 芸術
第32章 黄金世紀の宮廷画家たち――歴代王の眼を愉しませた芸術家の群像
第33章 エル・グレコとトレド――幻想と現実を描いた哲人画家
第34章 ゴヤとマドリード――混沌の世に生きた鋭感の画家
第35章 サルスエラ――マドリードが育んだスペイン風オペレッタ
【コラム9】《聖母マリア頌歌集》――アルフォンソ10世の美しき遺産
第36章 カスティーリャ的建築――メセタに住まう感性的、知的方法
第37章 サモラ、サラマンカのロマネスク建築――「ドラム」まわりに、こめられた世界観
第38章 エル・エスコリアル修道院、王宮――壮麗なエレーラ様式のルネサンス建築
Ⅵ 魅惑の都市 マドリード
第39章 プエルタ・デル・ソル――太陽が呼ぶのか、群衆の声が渦巻く運命の広場
【コラム10】マジョール広場
第40章 マドリード文豪地区――敵意と嫉妬に満ちた演劇の街
第41章 王宮――興隆、没落、成熟の歴史を見つめて500年
第42章 マホとマハ――マドリードの下町が生んだ伊達な人々
第43章 プラド美術館――スペイン王家の芸術援護の結晶
第44章 アントニオ・ロペス――マドリードを見つめ続ける画家
第45章 ヒネール・デ・ロス・リオスと「学生館」――教育を通した社会改革
【コラム11】内戦期、マドリード大学での市街戦
第46章 オテル・パラス(パレス・ホテル)――ダリのアトリエ、ボルヘスの光の庭
【コラム12】ボティン――世界最古のレストラン
第47章 アルモドバルのいる街角――映画に息づくマドリード
第48章 フラメンコの都――タブラオ、劇場に花開く
第49章 ゲイ・プライド祭――同性愛者のメッカ、チュエカ地区
第50章 マドリードのバブル経済――緑滴る人工都市、なお発展する首都
Ⅶ カスティーリャ 都市の万華鏡
第51章 トレド――脆い「共存」から徹底した不寛容へ
【コラム13】アルカサル攻防戦
第52章 アランフェス――自然と人間が造り出した文化的景観
【コラム14】アランフェス協奏曲
第53章 アビラ――城壁の歴史
第54章 セゴビア――悪魔が造った水道橋伝説
【コラム15】アルカサル
【コラム16】セゴビア大聖堂
第55章 アルカラ・デ・エナーレス――心なごむ人類文化遺産の町
第56章 サラマンカ――黄金色に輝く大学都市
【コラム17】ウナムーノ総長、最後の演説
第57章 バリャドリード――ミゲル・デリーベスの描いたカスティーリャの首都
【コラム18】バリャドリード市近郊のワイン産業
第58章 ブルゴス――エル・シッドの町
第59章 レオン――大聖堂とサンティアゴ巡礼
【コラム19】レオン語
第60章 クエンカ――二つの川に囲まれた歴史的城塞都市
参考文献
前書きなど
まえがき
「ヨーロッパの偉大な田舎」である古いものと「スペインの奇跡」を成就した新しいものとが、不整合のまま渾然一体となっているスペイン社会。このような何とも不思議な国スペインの首都で、かつては「太陽の沈むことなき大帝国」を牽引してきたマドリードとは、いったいどのようなメガロポリスなのか。また、マドリードを囲むように点在し、文化や歴史においてはマドリードと十分に比肩する、いやそれ以上の古都を数多く擁するカスティーリャとは、いったいどのような土地なのだろうか。
本書は、その興味に応えるべく、カスティーリャの魅力にせまり、マドリードやカスティーリャの古都を散策するうえでも絶対不可欠な歴史、文化、芸術、思想などを60の章に編纂したものである。
ところで、本書は、14ページの地図に示されているように、かつてはカスティーリャ地方と呼ばれたスペイン中央部にある、三つの「自治州」を扱っている。現在のスペインの地方行政上の単位としては、日本の市町村に相当する市町村があり、さらにこれらが連合、ないし結合した50の県が存在する。ここまでは我が国と同様であるが、さらに、歴史的、民族的、文化的、言語的、経済的に共通根を持つ複数の県が集まり17の「自治州」を形成している(一県一州の場合もある)。「自治州」は、国の専管事項の権限以外の、たとえば、EU諸機関への代表派遣、地方言語の維持、地方によっては徴税権なども併せ持っている。
このような国家機構と拮抗するような「自治州」が生まれた背景には、スペイン特有の歴史的理由が存在している。
スペイン(イベリア半島)には、さまざまな文化を持った民族が到来・侵入し、あるいは定着していった。新石器時代にアフリカから西アジア系のハム族(イベリア人)が到来、BC12世紀初頭から海洋民族のフェニキア人、ギリシア人が進出、その後もケルト人、カルタゴ人などがやってくる。さらに、BC205年から半島支配を開始し約700年も続いたローマ帝国時代(属州)、その後415年に侵入し王国を樹立した西ゴート族、711年に半島をほぼ手中に収めその後王朝をおいたイスラム勢力、そして、1492年の「カトリック両王」によるイスラム勢力追放と国家統一まで(統一後に追放されることになるユダヤ人の存在も忘れてはならない)―まさに、南から北から東からと、民族と文化の混淆は甚だしい。ヨーロッパ史に登場する民族の栄枯衰退と深く関係する「ヨーロッパの縮図」(サルバドール・デ・マダリアガ)という点では、スペインの右に出るものはないと言えよう。
さらにスペインは山岳国の地形のために、どうしても地域間の相互の交通・交流が困難で、孤立しがちになり、それ故に国家としての連帯性の欠如は免れないものの、地域の多様性を維持できるという利点も見逃せない。彼らの熱い「おらが郷土意識」、別言すれば、「自分のくに」的意識が強くなるのも当然だ。これが背景となって、スペイン特有の根強い地方主義が醸成されたのだった。たとえば、スペイン内戦期(1936~39)、フランコ叛乱軍と対峙していた共和国陣営において、カタルーニャ自治政府、バスク共和国の樹立が認められた。だが、共和国敗北直前に、この二つの政府は共和国政府ともども亡命してしまった。内戦の勝利者フランコ将軍の「スペインは一つ」を金科玉条とする政策は、地方自治を根源から否定したのだった。フランコ将軍の死後(1975)、スペイン全土で新スペイン社会、つまり民主的なスペインを模索する中で、地方分権の確立がその一つの到達点となり、「自治州」が誕生したのである。これは、中央集権化と逆行するものであり、「連邦主義的国家」に近い「自治州的国家」と言えよう。
本書に載っている3州は、北から、カスティーリャ・イ・レオン州(アビラ、ブルゴス、レオン、パレンシア、サラマンカ、セゴビア、ソリア、バリャドリード、サモラの9県)、マドリード州(マドリード県単独)、カスティーリャ=ラ・マンチャ州(トレド、グアダラハラ、クエンカ、アルバセテ、シウダ・レアルの5県)であり、州都はそれぞれバリャドリード、マドリード、トレドである。以前この地方は、旧カスティーリャ(北部)、新カスティーリャ(南部)と呼ばれ、それぞれを構成する地方も一部異なっていたが、1978年に自治州制度が導入されて以降、前述のようになったものである。
前者の州名に「イ(「そして」の意)」を使用しているのは、双方が対等の合同という意味合いからである。後者の「=」の場合は、「もともとのカスティーリャ」と「後に組み込まれたカスティーリャ」を区別するためであり、また「ラ・マンチャ」地方はセルバンテスの『ドン・キホーテ』の舞台として知名度が高いことから、州名に採用されたものである。
それにしても、繰り返しになるが、本当にスペインは不思議な国である。誰が言ったのだろうか、スペインでは「起こったことが話題にならず、話題にならなかったことが起こる」ようだ。そういえば、2014年6月、スペイン王フアン・カルロス1世が、突然退位を表明し、フェリペ皇太子が国王に即位することになった。終身元首制ではないので、いつでも国王の退位が可能だろうが、それにしてもスペイン国民は驚いたであろう。
2014年6月 川成洋