目次
まえがき
Ⅰ カタルーニャとは
第1章 スペインのなかのカタルーニャ――過去の栄光とカスティーリャへの抵抗の記憶
第2章 カタルーニャ人とは?――「進取の気性」と「セニィ」
第3章 カタルーニャと「ネーション」――建国神話とナショナル・アイデンティティ
【コラム1】フランスのなかのカタルーニャ
【コラム2】カタルーニャ語を公用語とするアンドーラ公国
【コラム3】「カタルーニャ語諸地方」とは?
第4章 カタルーニャのシンボル――ナショナリズムが創る神話
第5章 カタルーニャ語とはどういう言語か――地域的広がりと歴史
第6章 カタルーニャ語の基本表現――表現の幅広さを身につける
【コラム4】カタルーニャ語の発音とカタカナ表記
【コラム5】バイ・ダラン(アラン谷)のオック語
第7章 カタルーニャ語の文化言語としての復興――文芸復興(ラナシェンサ)から規範の確立へ
第8章 バイリンガル社会の実践――カタルーニャ語の現在
Ⅱ カタルーニャに息づく地域の表情
第9章 多様な自然環境――人間の営みが刻印された自然の豊かさ
第10章 アクスクルシウニズマ――土地に対する想像力を育む
第11章 自然の恵み、ワインとカバ――地域をいかし、可視化する
第12章 都市のネットワーク――変わりゆく都市化の諸相
第13章 都市の歴史地区――新しい年輪を刻む古い街
《世界遺産1》タラゴーナの考古遺跡群
第14章 大型イベントと都市再開発――「バルセローナモデル」の表と裏
【コラム6】22@バルセローナ計画
第15章 余暇・ツーリズムの空間――カタルーニャ人は農民か、都市民か
Ⅲ 生活と文化
第16章 バルサ、バルサ、バルサ!――カタルーニャ人とフットボール
【コラム7】スペイン代表とカタルーニャ選抜――一つのネーションに一つの代表
第17章 カタルーニャの祭り――季節とともにめぐる伝統的な祭り
《世界遺産2》人間の塔――世界遺産認定で勢いづくカタルーニャの象徴
第18章 バルセローナの祭り――巨人人形、ドラゴン、サルダーナ
【コラム8】カタルーニャと闘牛
《世界遺産3》パトゥン・ダ・ベルガ
第19章 カタルーニャの自然と食文化――料理は鍋に入ったその土地の風景
【コラム9】季節の行事とともにある料理・菓子――カルスターダ、カネロニ、季節のコカ
【コラム10】カタルーニャのスーパーシェフたち――世界に発信する前衛ガストロノミー
第20章 カタルーニャのポップス――ノバ・カンソーから現在まで
第21章 カタルーニャのフラメンコ――越境し混交する音楽文化
Ⅳ 芸術と文学
第22章 ムダルニズマ――世紀転換期のカタルーニャ近代文化
《世界遺産4》ムダルニズマの華―カタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院
第23章 ガウディ――カタルーニャに生まれた不世出の芸術家
《世界遺産5》ガウディのサグラダ・ファミリア
第24章 ミロ――「国際的なカタルーニャ人」の足跡
第25章 ダリ――フィゲーラスが生んだ「天才」と故郷
【コラム11】ピカソ美術館とバルセローナ現代美術館
第26章 カタルーニャ美術館とロマネスク芸術――バルセローナが誇るロマネスク美術コレクション
《世界遺産6》バイ・ダ・ボイ(ボイ谷)のカタルーニャ・ロマネスク様式教会群
《世界遺産7》プブレット修道院
第27章 豊かな中世文学――語り継がれる偉人たち
第28章 時代の息吹を感じて――現代文学
第29章 カタルーニャ演劇――水際立つパフォーマンスと古典の読み替え
第30章 カタルーニャにおけるクラシック音楽――オペラの殿堂リセウ大劇場とワーグナー
Ⅴ 自治の現状とグローバル化する社会
第31章 民主化と自治の復活――新憲法に基づく自治憲章制定へ
第32章 自治復活後のカタルーニャ政治――カタルーニャ主義ヘゲモニーの確立
【コラム12】近年のカタルーニャ政治の動向――左派三党連立から独立路線へ?
【コラム13】現代カタルーニャの諸政党
第33章 新自治憲章の制定――「ネーション」宣言
第34章 国内外から流入する移民――カタルーニャ人とは誰か
【コラム14】パコ・カンデルと『もう一方のカタルーニャ人』
【コラム15】近年の移民の傾向――ひそかなイスラーム化?
第35章 カタルーニャ女性の社会進出――生き方の多様化と新たな課題
Ⅵ 歴史的歩み
第36章 古代のカタルーニャ――ギリシャ人の植民から西ゴート王国まで
第37章 中世初期のカタルーニャ――カタルーニャ諸伯領からアラゴン連合王国の成立へ
【コラム16】ギフレー多毛伯の神話
第38章 中世盛期・後期のカタルーニャ――「地中海帝国」の形成と失墜
第39章 モザイク国家スペイン王国のなかのカタルーニャ公国――独自の政治体制の持続
第40章 刈り取り人戦争と北カタルーニャの喪失――カスティーリャとフランスのはざまで
第41章 スペイン継承戦争とカタルーニャ――「国家」としての消滅
第42章 18世紀のカタルーニャ――啓蒙の時代のカタルーニャ社会
【コラム17】「小さなイングランド」から「スペインの工場」へ
第43章 フランス革命、大戦争、(反)フランス人戦争――スペインかフランスか、それともカタルーニャか
第44章 自由主義革命と内乱の時代――工業化と社会階級間の対立
【コラム18】海外植民地の富とカタルーニャの近代化
第45章 「革命の6年間」――プリムとピ・イ・マルガイ
第46章 王政復古体制――プラット・ダ・ラ・リーバとマンクムニタットの成立
第47章 第二共和政からスペイン内戦へ――二人のカタルーニャ自治政府首班
第48章 スペイン内戦におけるカタルーニャ――社会革命から戦争へ
【コラム19】パウ・カザルスと『鳥の歌』
第49章 フランコ独裁下のカタルーニャ――弾圧から民主化闘争へ
第50章 カタルーニャはどこへ行くのか?――多民族国家スペインのなかの民族体
あとがき
カタルーニャを知るためのブックガイド
カタルーニャを知るためのシネマガイド
前書きなど
あとがき
「まえがき」にも触れられているようにカタルーニャという地域(エリア)は、国家でもないし(中世にはそうであったが)、国家内のたんなる一地域でもない。固有の地域言語(カタルーニャ語)をもち、独特の地域文化を誇っているだけでなく、政治的な自治意識も顕著である。端的に言えば、みずからをネーションと主張する人びとがマジョリティをしめる、「ネーションを唱える地域」なのである。
だが、話は単純ではない。一つの民族=言語を擁する国民国家というのは、19世紀以後のネーション構築の政治的イデオロギーである。だが、スペインを含めて国民国家は、じっさいには多様な民族や民族体、さらに複数の言語をかかえている。同様に、「ネーションを唱える地域」も、その地域内には歴史的経過を経て多様な民族や民族体を取り込んできたし、グローバル化の進展のなかでは経済的先進地域であるほど域外から、さらには国境を越えて様々な労働者を取り込んでいるのである。本書でも指摘されたようにカタルーニャもまた、21世紀の今日、ますます多言語多文化社会となっている。
スペインという国家とカタルーニャという地域の軋轢と相克を体現した現代政治家をあげるとしたら、おそらくジョルディ・プジョル(1930年~)が筆頭に来るだろう。プジョルは、フランコ独裁時代には抑圧されていたカタルーニャの言語=文化を擁護して、逮捕投獄されることも経験した筋金入りのカタルーニャ主義者であった。さらに、カタルーニャ主義の政党「カタルーニャ民主集中」を率いて、1980年から2003年の長期にわたってカタルーニャ自治州政府首班として、固有言語の復権と自治州の権限拡大に努めたのである。こうした国民国家に包摂された少数言語地域の権利回復に取り組んでいたからこそプジョルは、小説『最後の授業』で、「母国語を奪われそうになる人びとの悲しみ」を通じてフランス語の大切さを訴えたフランスの作家ドーデを、さらにはフランスの言語帝国主義的姿勢を許すことはできなかった。1871年、ドイツに併合されたときにアルザス地方はフランス領土であったが、そこに暮らす住民の母語はドイツ語アルザス方言であった。アルザスの住民にとってフランス語は、「ある民族が奴隷に落とされても、その言語を保っていれば、牢獄の鍵を握っているに等しい」という「牢獄の鍵」ではなかったのである(アルザスについては、田中克彦『ことばと国家』を参照されたい)。
しかし、この同じプジョルが、ことカタルーニャという領域の言語=文化的一体性を強調する立場にたつと強引さが際立った。遅々としてカタルーニャへ同化しない移民たちに苛立ったプジョルは、カタルーニャ・アイデンティティを尊ぼうとしない移民たちには「ゼロ・トレランス」で臨むべきだと明言したのである(2001年10月)。マジョリティである国民国家に抑圧されたマイノリティの地域が、固有のアイデンティティを唱えるとき、私たちはその姿勢を全面的に評価する。だが、マイノリティ地域が、そのなかに包摂されたさらなるマイノリティに対してどのような立場をとるかは、まったく別の問題である。ここに「領域」と「アイデンティティ」の複雑さが横たわっている、と言えるかもしれない。
(…後略…)