目次
はじめに
EU加盟国地図、EU機構図
Ⅰ ヨーロッパ統合の歴史と思想
第1章 欧州における2000年の対立と統合――分裂と統合の歴史
第2章 ローマ帝国とEU――境界とアイデンティティをめぐって
第3章 中近世ヨーロッパの東方拡大――征服・同化と分権・自由
第4章 EU統合とハプスブルクの経験――複合的な現代国家としてのEU
【コラム1】EUの言語
第5章 欧州統合の歩み――「未知の目的地」に向かって
第6章 欧州統合の父、クーデンホーフ・カレルギー――統合の夢の現実化
第7章 欧州統合と主権論争――実在論から機能主義へ
Ⅱ ヨーロッパ統合の現実へ
第8章 第二次世界大戦後の統合と「和解」――屍のうえの統合─成果と限界
第9章 ジャン・モネと欧州石炭鉄鋼共同体――最初の超国家的経済統合体
第10章 独仏和解――歴史認識と共同教科書
第11章 ロベール・シューマンの独仏共同――ヨーロッパの和解と統合を先導
【コラム2】EU統合の偉人たちシューマン、アデナウアー、チャーチル
第12章 EC/EUにおける法の役割――EU諸機関のEU法へのかかわり方
第13章 ローマ条約――条約改正とEC/EUの発展
Ⅲ 欧州の分断と統合(冷戦とヨーロッパ統合)
第14章 マーシャル・プランの実行――冷戦の起源
第15章 NATOの成立――西ヨーロッパの安全保障
第16章 西ドイツの再軍備――西ヨーロッパの安全保障
第17章 スターリン・ノートとソ連外交の展開――東西ドイツの中立的統一構想
第18章 フランス・ドゴールと欧州――国益のための統合
【コラム3】EC・EUの機構はどうなっているのか
第19章 プラハの春とヨーロッパ――「人間の顔をした社会主義」の挫折とその影響
Ⅳ 冷戦の終焉と東西ヨーロッパの統一
第20章 ペレストロイカとゴルバチョフ、新思考外交――ソ連改革の挫折
第21章 東欧のドミノ革命と「ヨーロッパ回帰」――「一つのヨーロッパ」への期待
第22章 プーチン・ロシアとEU、NATO――ヨーロッパ人になるのは容易でない
【コラム4】EU職員になるには
第23章 ユーゴスラヴィアの解体とEU――領土の一体性保持か独立か
第24章 コソヴォ問題とEU――民族自決の原則にもとづかない独立とは
Ⅴ ECからEUへ統合の深化
第25章 マーストリヒト条約からアムステルダム条約へ――EUの形成
第26章 ニース条約からリスボン条約へ――多様性のなかの統合へ
第27章 EUの機構改革と行政改革――リスボン条約による改革まで
【コラム5】欧州憲法条約の試みと挫折、EUの旗と歌
第28章 ドイツとEU――EUを担う大国
第29章 フランスの役割――統合とリーダーシップ
第30章 イギリスとEU――統合深化への消極性
第31章 ベネルクス三国とEU――EU統合の牽引者
Ⅵ 南欧・地中海諸国の発展と問題点
第32章 イタリアとEU――「先駆者」と「追従者」の狭間で
第33章 スペインとEU――ユーロ危機克服の最大の焦点に
第34章 ギリシャとEU――ユーロ圏から離脱するか
【コラム6】EUのグルメ
第35章 中立国の加盟――オーストリアを中心に
第36章 マルタとキプロスへの拡大――最後の南方拡大
第37章 地中海沿岸諸国とEU――バルセロナ・プロセスをめぐって
Ⅶ 拡大するヨーロッパ
第38章 ヨーロッパの東への拡大と今後の課題――意義と限界
第39章 『連帯』の国、カトリックの国 EUのなかの「中国」――ポーランドの逆説
第40章 ハンガリーとEU――保守主義の伝統からV4へ
第41章 EU加盟へのチェコとスロヴァキアそれぞれの道――統合への異なる距離感
【コラム7】EUのコミトロジーとは?
第42章 スロヴェニア、クロアチアとEU――紛争当事国からEU加盟国へ
第43章 バルト三国とEU――EUの「優等生」
第44章 ルーマニアとブルガリアのEU加盟――EU加盟が遅れた理由
Ⅷ さらなる拡大、周辺国との関係
第45章 西バルカン諸国――加盟にむけての現状
第46章 トルコ――加盟交渉はいつまで続く?
【コラム8】EUはどこまでか?――ヨーロッパの境界線
第47章 アラブの春とEU――民主化への前進と後退
第48章 ウクライナとEU――真の「ヨーロッパ」国を目指して
第49章 近隣諸国政策、黒海沿岸地域協力――拡大後のEUが抱えるもう一つの難題
第50章 域外地域協力─アジアとの関係――ASEM
Ⅸ ユーロ危機諸改革と最近の主要政策
第51章 EC通貨協力とEU通貨統合――挫折・再挑戦・統一の30年
第52章 ユーロ危機と制度改革――「ユーロ崩壊」論を超えて
第53章 共通外交・安全保障政策の展開――不安定な世界のなかのEUの対外政策
第54章 欧州議会の役割――EUレベルの民主主義をめざして
【コラム9】EUの環境政策
第55章 雇用・社会保障政策とEU――危機に瀕するEUの雇用
第56章 EUにおける気候変動政策――経済成長と環境保護の両立にむけて
第57章 持続可能な成長とEUのエネルギー共存政策――自然と社会の共存をめざして
Ⅹ 多様性のなかの統一
第58章 EUの移民政策――移民の統合と国境コントロールと
第59章 EUの出入国管理――検問が撤廃された実験空間をどう維持するか
第60章 EUとゼノフォビア――市民社会と移民の相克
第61章 市民権の保護――EU市民権
第62章 EUのジェンダー政策――平等・公正・女性活用
第63章 グローバル・パワー・知のネットワークとしてのEU――アジアは欧州から何を学べるか?
EUを知るための文献・情報ガイド
欧州統合・NATO関連年表
執筆者紹介
前書きなど
はじめに
EU(欧州連合)は、5億800万人の人口を持ち、現在アメリカを凌ぎ、世界最大の経済圏である。2012年の世界GDP(2013年5月発表)で、EU全体のGDPは16兆4000億ドルであり、アメリカの15兆6800億ドルを、7200億ドルほど上回る。2013年にクロアチアが加盟し、28カ国からなるEUは、さらにバルカンの諸地域セルビアやマケドニアに拡大しつつある。
2003年テッサロニキの欧州理事会で、当時の欧州委員会委員長ロマーノ・プローディは、「バルカン諸国の加盟が実現しない限り欧州の統合は完成しない」と、バルカン地域を欧州連合に引き入れる決意を語った。エメラルド色に広がる地中海の一部、アドリア海の真珠と言われる保養地をもつクロアチアは、「西バルカン」をめぐる第6次拡大の先陣である。以後、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、マケドニア、コソヴォなど、1991年から9年間、「民族浄化ethnic cleansing」の戦争と呼ばれて世界を震撼させたバルカン紛争の当事国たちが、次々とEUの内部に入っていく。
ここにも象徴されるように、欧州は、独仏和解に始まりバルカンの和解に繋がる、「紛争地を制度の内に取り込み、平和と繁栄の地域を創る」錬金術師である。バルカンを平和と安定の地にし、欧州を繁栄と社会保障と人権の地にする、さらにアメリカとは異なる社会規範をもって、独自の安全保障と世界観を示そうとする、というEUの壮大な実験は成功するだろうか?
(…中略…)
「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」
今私たちが欧州統合から学べることは、領土や境界線をめぐる対立を、いかに合意と制度によって「凍結」し、互いの安定と繁栄を構築してきたか、そしてそれを押しとどめなければ、いかに容易に紛争は世界大戦に広がったかという事実であろう。
紛争は、封じ込めることができる。多民族は多様性を残したまま協同することができる。そして各国の発展の頂点を過ぎても、欧州は統合することで、再びアメリカを凌いで、世界経済の頂点に立ち、思想、哲学、価値観、芸術、文化、建築、法体系において、周りに大きな教訓を与え続けることができる。ヨーロッパという薫り高い文化圏におけるEUという規範と制度の統合組織から、負の教訓も含め、私たちは多くを学ぶことができる。
EUを知る63章の珠玉の知恵は、現代の紛争地域、バルカンやアジアや中東においても、紛争と対立を繰り返してきた地域において、安定、共同、繁栄をどう作るかについて、理念、法、制度など、多くの示唆を提供してくれる。
今回、EUを知る63章を編むに当たり、ヨーロッパの歴史、思想、政治、経済、金融、法律、環境、エネルギー、ジェンダーなど、第一級の優れた専門家の方々の協力を得て、EUの全体像に光が当てられた。心からの感謝を捧げたい。文化・芸術をもう少し強化すれば良かったかと反省する次第である。できればぜひ、欧州の文化・芸術を知る60章を編んでいただきたい。
つねに歴史の現実から学び発展を続けようとする、欧州連合の透徹した知恵の一端が、本書により皆の共同作業として紹介できていれば、幸いである。
2013年8月6日 原爆投下の日に 編者 羽場久美子