目次
巻頭のことば リフレと賃金・生活保護(村上英吾)
特集1 先進7ヶ国における社会扶助の給付水準の決定および改定方式
特集趣旨:注目すべき五つの観点(山田篤裕)
イギリスの社会扶助の水準と政策動向(所道彦)
フランスの最低生活保障について(原田康美)
ドイツにおける社会扶助の給付水準の決定および改定方式(齋藤純子)
オランダの最低賃金制度を中心とした最低生活基準(島村玲雄)
デンマークにおける最低生活保障(倉地真太郎)
スウェーデンの社会扶助について(岩名[宮寺]由佳)
韓国における国民基礎生活保障法の給付水準の決定および改定方式(五石敬路)
座談会:フランス、オランダ、デンマーク、韓国の制度・政策に日本が学ぶもの
シリーズ:貧困研究の課題9【緊急企画】生活保護基準見直しの動きを検証する
生活保護基準をめぐる動向と貧困研究の課題(布川日佐史)
生活保護基準部会報告書の統計的分析をめぐって(上藤一郎)
近年の最低生活費に関する調査の成果と課題(松本一郎)
生活扶助相当CPIの検証(白井康彦
特集2 地域で支える生活困窮者の自立支援と社会的包摂――貧困研究会第5回研究大会共通論題より
基調講演:福祉事務所と民間福祉の役割と協働――アメリカでの議論を踏まえて(木下武徳)
新たな生活困窮者支援体系の意味するところ(山崎史郎)
熊本県における生活困窮者対策――潤いのある2.5人称の視点で(森枝敏郎)
釧路市の自立支援プログラムが目指すもの(木津谷康二)
シンポジウムを振り返って(新保美香)
投稿論文
最低賃金と生活保護――最低賃金決定における生活保護水準の妥当性(桜井啓太)
「生活困窮者」支援の分析――日本とドイツの事例を用いて(岩永理恵・渡辺久里子・丸山桂・駒村康平)
書評論文
和久井みちる著『生活保護とあたし』(杉村宏)
国内貧困研究情報
貧困研究会第5回研究大会報告〈2012年9月29日(土)~30日(日)於:北海道教育大学釧路校〉
〈分科会1「自立支援・社会的包摂政策」〉
(1)生活保護自立支援プログラムによる多様な価値への新たな評価(及川昌洋・釼谷忠範)
(2)高齢者への新たな支援施策の必要性――生活保護受給者の年金受給額から(德田康浩・小原啓・及川昌洋
(3)アクティベーション政策のディレンマ――デンマークにおける移民の社会的包摂をめぐる取り組みとその課題(嶋内健)
〈分科会2「最低生活費と貧困基準」〉
(1)低所得者の食費構造――首都圏の若年単身世帯の家計調査をもとに(松本一郎)
(2)現代版マーケットバスケット方式の課題と展望――静岡調査から見えたこと(中澤秀一)
(3)中国における「都市住民最低生活保障条例」の展開とその課題――貧困基準を中心に(王[王韋])
貧困に関する政策および運動情報 2012年7月~2012年12月(山田壮志郎/五石敬路/小西祐馬/村上英吾/北川由紀彦)
貧困研究会規約
原稿募集及び投稿規定
編集後記
前書きなど
巻頭のことば
安倍政権が誕生し、「リフレ政策」を柱とする経済政策が実施されつつある。日銀による大胆な金融緩和を「市場」は好感し、円相場は下落し続け、株価が上昇した。こうしたなか、安倍首相は経済3団体トップと会談して異例の賃上げ要請を行い、円安による輸出産業の業績回復も追い風となり、春闘交渉では大手企業で夏の一時金を引き上げる回答が相次いでいるとの報道がなされ、賃上げムードが演出されている。
安倍政権ブレーンの浜田宏一氏は、賃金が上がるのは設備投資や雇用の増加の後であり、賃上げを急ぐと利潤が圧縮され景気回復が遅れるという見解を示している。しかし、賃上げ要請を積極的に評価する論者も少なくない。デフレの主要な要因は所得減少による国内消費の低迷にあるから、デフレ脱却には賃上げが必要だという考え方。物価上昇による名目賃金の目減りを緩和ないし相殺するために賃上げが必要だとするもの。生活水準低下により国民の反感を買い、政策の持続性や政権基盤が揺らぐのを避けるためという政治的な理由もある。さらに、賃金引き上げは、金融緩和と相まってインフレ期待を高める効果を持つという指摘もある。
1990年代半ば以降、他の先進諸国の名目賃金は製造業・非製造業ともに順調に上昇していったのに対して、日本の名目賃金は製造業ではほとんど上昇せず、非製造業では低下した。このような傾向は、日本でも90年代以前は見られなかった現象である。この間に日本の生産性はアメリカと同じくらい上昇しているので、生産性上昇の成果が賃金として労働者に分配されず、非製造業に波及しなかったことになる。
非製造業の賃金が上昇しない原因を付加価値生産性の低さによるものとみなし、賃金を上昇させるためには非製造業の生産性を高めることが必要との指摘がなされることが多い。しかし、価格が低下すれば付加価値額は低下する。非製造業の場合は売上に占める人件費の割合が高く、価格は賃金の動きに大きく規定される。90年代以前にも製造業と非製造業の生産性上昇率格差は存在していたが、賃金は同様に上昇し、物価上昇率の格差となって現れた。かつて高須賀義博氏が「生産性(上昇率)格差インフレーション」と呼んだものと同じ現象である。つまり、90年代半ば以降は、非製造業部門で賃金が下落したために付加価値生産性が停滞したと見ることもできるのである。賃金下落の主な要因は、非正規雇用の増加である。
デフレから脱却するためには、生産性上昇の成果を労働者に配分し、生産性上昇率の低い部門へと波及させる仕組みを再構築する必要がある。まずは、正規労働者を非正規で置き換えやすくした労働市場の規制緩和を見直す必要があるだろう。労働組合の賃上げ要求は重要であるが、製造業の賃上げが労働者全体に波及するように、賞与の引き上げだけでなくベースアップがなされるべきである。正規・非正規の均等待遇や最低賃金の引き上げも有効であろう。マイルドなインフレが持続する環境は、非製造業で賃金上昇を価格に転嫁しやすくなるため、その点からもリフレ策には意味がある。ただし、物価上昇により各種社会保障給付が目減りすれば、生活困窮者が増すだけでなく、マクロの消費支出も減少してしまうので、これを相殺する必要がある。その意味で、本号の〈貧困研究の課題〉で取り上げた「生活保護基準の引き下げ」は早急に見直すべきであろう。