目次
はじめに
Ⅰ 地理と自然
第1章 地史と地質――大古代のマダガスカル
第2章 地形と景観――中央高地と東海岸部・西海岸部
第3章 自然と植生――約束された自然の聖地
第4章 植物――多様性と固有性
第5章 バオバブ――乾燥地の巨木
第6章 多肉植物――受難の時代
第7章 キツネザル――原始的な霊長類
第8章 哺乳類――発展途上の多様性研究
第9章 走鳥エピオルニス――謎の絶滅巨鳥
第10章 鳥類――少ない種数、多い固有種
第11章 両生類・爬虫類――多様なカエル、奇妙なトカゲ、やっぱり嫌われるヘビ
第12章 昆虫など――独自の進化を遂げた無脊椎動物たち
【コラム1】自然林との共存を目指す――ボランティア サザンクロス ジャパン協会の取り組み
Ⅱ 歴史に裏うちされた文化の展開
第13章 最初のマダガスカル人――遺跡が語る人類の移住
第14章 言語の歴史――太平洋から来たマダガスカルのことば
第15章 ムスリムの到来――スラベに書き遺された起源伝承
第16章 インド洋交易――長距離交易網の中のマダガスカル
第17章 ワークワーク島――比定地をめぐる東洋学者たちの憂鬱
第18章 初期ヨーロッパ人の活躍――17世紀、フランスによる入植の試み
第19章 海賊とその末裔――国家の間隙を生きた人々
第20章 奴隷交易ネットワーク――19世紀インド洋をめぐる国際関係
第21章 列強の覇権――英仏のはざまを生きた19世紀
第22章 メリナ王国の興隆――技術・文字・知識
第23章 フランス――メリナ王国戦争とメナランバの乱――国家間の戦争と被占領民の抵抗
第24章 キリスト教会の活動――教化と組織化の歴史
第25章 文字と文学――聖歌から詩歌へ
第26章 第一次世界大戦――「世界」を経験する仕方
【コラム2】日本とマダガスカル(1)――戦前編
第27章 1947年反乱――フランスの再支配に対するマダガスカル人の戦い
【コラム3】日本とマダガスカル(2)――戦後編
Ⅲ 生活と文化
第28章 民族――文化的特徴と自他の意識
第29章 方言と共通語――多様なマダガスカルの言語
第30章 服飾文化――自然と歴史に育まれて
第31章 食――主食はコメ
第32章 住居――車窓から見る地方色の豊かさ
第33章 稲作――「アジア稲作圏」の飛び地
第34章 作物の由来――四つのルート
第35章 ウシ――供犠と労役、国のシンボル
第36章 人の一生――子どもは財産
第37章 葬制と墓制――死者から祖先への道行き
第38章 民間医療――「薬木」も利用
第39章 精霊と憑依の世界――チュンバについて
第40章 楽器と楽団――海を越えて渡ってきた多様な調べ
第41章 マダガスカルの王制――伝統の継承と現代政治
第42章 サカラヴァ王国――畏れられる王の霊力
第43章 南東部の王国と割礼儀礼――「金曜日の年」の出来事から
第44章 コロニアル建築――中央高地のくらしへの浸透
第45章 アンブヒマンガの丘と女王宮――民族の遺産か、国民の遺産か
Ⅳ 現代のマダガスカル
第46章 独立国家マダガスカル――ポストコロニアルとネオコロニアルのあいだ
第47章 第二の独立と社会主義の時代――旧宗主国からの真の独立とその代償
第48章 構造調整と市場経済化――対外債務軽減への国際機関の介入
第49章 第三共和政への移行とラヴァルマナナ大統領の登場――ストリートで政治を動かす「民衆」
【コラム4】アジアとしての連帯感(1)――戦前編
第50章 政府開発援助――政変で滞る国際協力
【コラム5】アジアとしての連帯感(2)――戦後編
第51章 鉱物資源――レアメタルと宝石鉱物
第52章 学校教育――学歴の効用と学校教育の普及のはざまで
第53章 国立公園――生物多様性のホットスポット
第54章 森林の破壊と復活――使いっぱなしから使い続けへ
第55章 市場――南東海岸部の町の定期市へ
第56章 音楽とダンス――多彩なスタイルと新たなる創造
第57章 ツーリスト・アートと造形芸術――伝統工芸の現在
第58章 観光――発展途上の産業
第59章 マスコミとメディア――統制から競争へ
第60章 マダガスカル料理――煮込みの力と素材の組み合わせの妙味
第61章 ファッション・シーン――インド洋交易とグローバル化
第62章 商品作物と資源作物――眠れる国有資源に光を
マダガスカルを知るためのブックガイド
カタカナ表記一覧
前書きなど
はじめに
マダガスカルという島国について、最近は日本の人たちもずいぶん興味を持つようになった。マスメディアなどをつうじて、めずらしい動物や植物が紹介される機会も増えた。少なくともその名をどこかで聞いたことがあるという人たちが、日本でも着実に増えている。
しかし、詳しく知っている人は、まだ多いとはいえないようだ。自己紹介で「マダガスカルで仕事をしている」というと、インドの南東海上にあると思われたり(スリランカの間違いである)、南米の西海上にあると思われたりする(これはガラパゴスの間違い)。マダガスカルは、アフリカ大陸の南東海上にある。
場所が確認できたあとで続く話は、たいてい、そこに住む生きものたちのことだ。童謡に登場するアイアイ、横っ飛びするサル、たくさんの種類のカメレオン、巨大なバオバブ、奇妙なかたちをした植物。大型獣は少ないけれど、めずらしい動植物がたくさんいる島。いちばん近いアフリカ大陸とは明らかに異なった動植物相を持つ土地として、マダガスカルは知られている。マダガスカルに行ったことがない人でも、動植物についてのこうした知識について、生き生きと語ることがある。
ところが、そこに住む人に話が及ぶと、動植物のことを熱心に語っていた人は、もっぱらこちらの話に耳を傾ける。まるで、マダガスカルに人が住んでいるとは予想していなかったかのようである。
マダガスカルは、自然ばかりでなく文化や歴史の面でも、隣のアフリカ大陸とは異なった歩みをたどっている。アフリカが人類発祥の地であるのに対し、マダガスカルにおける人類の歴史は千数百年にすぎない。いわゆる大航海時代以後を別とすれば、人類が最後に到達した土地のひとつといってよい。また、インド洋上に位置するため、古来より海をつうじてさまざまな地域から人が移動してきており、それによって多様な文化的影響を受けてきた。東アフリカやアラビア、南アジアや東南アジアなどからの影響が顕著であり、近世以降はヨーロッパからの影響も無視することができない。なかでも東南アジアからの影響は特筆すべきもので、マダガスカル語(マラガシ語)は、東南アジア島嶼部の言語と近縁である。稲作も東南アジアからもたらされたらしく、イネの品種はアフリカ在来のものではなく、アジアのものと同じである。マダガスカル人一人あたりのコメ消費量は、日本人の2倍にのぼる。マダガスカル人は、日本人をはるかにしのぐ米食民族なのである。
ひとことで言えば、マダガスカルの自然が比較的よく知られているのに対し、歴史や生活、文化は、まだこれから知られるようになる段階である。こうした状況をふまえ、「エリア・スタディーズ」という本シリーズの原点に立ち返り、一地域を総合的に把握することを趣旨として、自然条件の特異性や多様性とともに、文化のなりたちや歴史の流れ、現代生活の諸相など、できるだけ幅広くマダガスカルを紹介するというのが本書の目的である。
(…後略…)