目次
グローバル・ディアスポラ
シリーズ収録書籍
謝辞
新版への序言
日本語版への序文
第1章 ディアスポラ研究の四段階
原型的なディアスポラ
ディアスポラ概念の拡張
社会構築主義者によるディアスポラ批判
統合の段階
結論――ディアスポラを明確に描写する手段
もっと読みたい人のために
考えてもらいたい質問
第2章 ディアスポラの古典的概念――ユダヤ人伝説の見直し
迫害の地としての「バビロン」
創造の地としての「バビロン」
ユダヤ人ディアスポラとキリスト教
ユダヤ人ディアスポラとイスラーム
アシュケナズィム・ユダヤ人の運命
結論
もっと読みたい人のために
考えてもらいたい質問
第3章 犠牲者ディアスポラ――アフリカ人とアルメニア人
アフリカ人ディアスポラの始まり
アフリカ人ディアスポラ――ふるさとの地と帰還
アフリカ人ディアスポラのその他の面について
アルメニア人ディアスポラの発生
大虐殺の後――アルメニアと世界各地に住むアルメニア人
ソビエト連邦アルメニアとその後
結論
もっと読みたい人のために
考えてもらいたい質問
第4章 労働ディアスポラと帝国ディアスポラ――年季契約インド人とイギリス人
新しい奴隷制度なのか
『ラーマーヤナ』と政治的結末
帝国ディアスポラ
大英帝国の植民
英領ディアスポラの終焉
結論
もっと読みたい人のために
考えてもらいたい質問
第5章 交易ディアスポラおよびビジネス・ディアスポラ――中国人とレバノン人
中国人ディアスポラの始まり
マイノリティとしての中国人
レバノン人の海外移動
レバノン人ディアスポラ――蝶と芋虫
結論――エスニック企業家と交易ディアスポラ
もっと読みたい人のために
考えてもらいたい質問
第6章 ディアスポラとふるさとの地――シオニストとシク教徒
誕生のトラウマ――イスラエルは「普通の」国家になりえるか
イスラエルとディアスポラ
シク教徒ディアスポラの起源
シク教徒――ふるさとの地への憧れ
結論
もっと読みたい人のために
考えてもらいたい質問
第7章 脱領土化ディアスポラ――黒い大西洋とボンベイの魅力
カリブ人――移住とディアスポラ
アメリカにおけるアフリカ系カリブ人
イギリスにおけるアフリカ系カリブ人
オランダとフランスにおけるカリブ人
黒い大西洋という命題
シンド人とパルシー教徒
結論
もっと読みたい人のために
考えてもらいたい質問
第8章 グローバル時代におけるディアスポラの動員
グローバル化された経済の中のディアスポラ
国際移動の新しい諸形態
コスモポリタニズム、世界都市、掛け橋としてのディアスポラの役割
宗教とディアスポラ
結論
もっと読みたい人のために
考えてもらいたい質問
第9章 ディアスポラの研究――古い方法と新しい論点
類型学はどのように役だちなぜ有効か
ディアスポラの比較――ヴィットゲンシュタインの綱
開発の担い手としてのディアスポラ
国際政治におけるディアスポラの役割
ディアスポラの増大に対する否定的反応
終わりに
文献案内
考えてもらいた質問
訳者あとがき
参考文献
注
索引
表目次
表1-1 ディアスポラの共通の特徴
表1-2 ディアスポラの理念型、実例と備考
表3-1 世界のアルメニア人
表4-1 インド人年季契約労働者とインド人人口(一九八〇年および最新の推計)
表5-1 アルゼンチン入国時において中東出身者が申告した職業
表5-2 居住国別レバノン人ディアスポラ人口(一九九〇年と最新推計)
表6-1 ユダヤ人人口の多い上位一二カ国(最新の推計)
表6-2 居住国別シク教徒ディアスポラ人口(二〇〇五年)
表7-1 海外在住のカリブ人人口:主な目的地における最新推計
表9-1 地域別難民人口(二〇〇六年)
表9-2 国際移民による本国送金の世界的流れ
前書きなど
訳者あとがき(駒井洋)
「ディアスポラ」という語は、日本でも近年ますます一般的に使われるようになってきた。試みに手もとにある書物のタイトルを見ても、『華人ディアスポラ』『ブラック・ディアスポラ』『コリアン・ディアスポラ』『多文化主義とディアスポラ』などが即座に挙げられる。しかしながら、本書でも指摘されているように、使用の一般化と反比例するかのごとく、この語の含意があいまいに多義的になっていく傾向は日本でも同様である。もともと本書の初版は、ロビン・コーエンが編集する「グローバル・ディアスポラ」シリーズの諸著作に理論的一貫性を付与するために、導入書として構想されたものであった。したがって、本書が刊行された最大の目的が、「ディアスポラ」に明確な一貫した定義を与え、それを現実に適用して実証することにあったのは当然である。
一九九七年の初版の刊行以来、本書は「ディアスポラ」についての理論および研究方法の標準的な概論書として受け入れられていき、この概念についての避けることのできない古典的地位を獲得して現在にいたっている。二〇〇八年に刊行された新版と初版との違いを列挙すると、まず「ディアスポラ」の無原則的な濫用に対する強い批判が登場した。そのために、初版以後のこの分野の学説史も含めての理論的発展の摂取と、ヴェーバーの理念型の方法論の意識的採用のうえにたつ理論的部分が、第1章として新たに付加された。そこでは、ディアスポラという概念がふるさとの地との特別な関係を保持し続けているという決定的な論点を欠くと、まとまりのない恣意的なものになってしまうと主張され、内容的にも特段に深化している。ここで「ふるさとの地」とはhomelandの訳語であるが、本訳書では、この語と「ふるさと」(home)についてだけすべて訳語を統一した。「故国」を避けたわけは、ふるさとが国でない場合があるからである。さらに、新版では初版以後の重要な新しい資料・データも付加されている。
ただし、初版と新版との基本的な構造は変わっていない。すなわち、移民を一方向的に把握するのではなく出身地と移住先の両者を包含する複雑な流れとして捉えようとする姿勢、ディアスポラを悲劇の犠牲者としてだけ見ようとする視座を拒否して創造者という側面を重視する発想、ディアスポラの主要類型の代表例の実証的分析などは初版と同様である。
新版での理論的深化としては、まず、ディアスポラの類型を理念型的に整理し一貫性を持たせたことが注目される。初版ではユダヤ人ディアスポラは古典的な事例として扱われていただけであったが、新版では「原型」とされてすべてのディアスポラの範例としての性格が強調されている。これに続く類型は、「犠牲者」ディアスポラ(アフリカ人とアルメニア人が代表例、以下同様)、「労働」ディアスポラ(年季契約インド人)、「帝国」ディアスポラ(イギリス人)、「交易・ビジネス」ディアスポラ(中国人とレバノン人)、「脱領土化」ディアスポラ(カリブ人とシンド人およびパルシー教徒)である。この最後のカテゴリーは、初版では「文化」ディアスポラとされていたものであるが、ふるさとの地というもともとの領土との関係が弱化しているという特徴を持っていることを重視するために創設され、「文化」ディアスポラは廃された。またシンド人とパルシー教徒の事例は新版で新規に付け加えられた。コーエンは、これら六類型が包括的であり網羅性を持つと考えていると思われる。このほか、ふるさとの地との特別の関係を持つシオニストとシク教徒についての一章がある。
第二の理論的深化としては、初版では「グローバル化時代のディアスポラ」と名付けられていた章が、「グローバル時代におけるディアスポラの動員」と変えられたことに示されるように、ディアスポラの持つコスモポリタニズムとローカリズムの掛け橋という役割に注目がはらわれていることがある。これは、近年のディアスポラが形成するグローバルな公共圏の重視にも接続する。また、終章では開発の担い手としての重要性が強調されるとともに、9・11を受けて、安全保障問題とディアスポラとの関係についても特別の注意がはらわれている。
さらに、読者としての学生に対する配慮が格段に進展した。各章の末尾に討論のための課題と読書案内が付されていることは、その好例である。
(…後略…)