目次
はしがき
序章 世界の学力政策のいま
1.PISA――新しい世界の「学力秩序」
2.研究の対象と方法
3.先行研究から
4.PISAにおける各国のパフォーマンス
5.各国の主要な学力政策とその推移
6.本書の構成
第1章 英国 労働党政権下の学力向上策――新自由主義のフロントランナーとして
1.はじめに
2.イングランドの教育改革略史と労働党の基本スタンス
3.近年における学力の変化
4.労働党の学力政策の今日的展開
5.現地調査から
6.その評価
7.政権交代を経て
第2章 スコットランドの教育改革と公正の追求
1.はじめに――スコットランドの教育の光と影
2.スコットランド教育の成果と課題
3.国民党政権の成立とカリキュラム改革
4.学校現場における教育改革の受容
5.まとめ――管理統制から信頼と委譲へ
第3章 フランスの学力向上策と個人化された学習支援の多様性
1.PISA2009のフランスでの波紋
2.小学校における全国学力テストと個別支援学習
3.コレージュにおける学力向上プログラム
4.教育優先政策の再編
5.個人化された学習支援の多様性と課題
第4章 ドイツにみる学力政策の転換と公正の確保
1.はじめに
2.国際学力調査がドイツにもたらした改革
3.教育スタンダードの策定による教育の質保証
4.動く教育改革の現状
5.ドイツの学力をめぐる教育政策の改革と日本
第5章 フィンランドの教育――PISAの成功から学びうること
1.はじめに
2.PISAにおけるフィンランドの成功
3.福祉国家と学力
4.学力を支える特別支援教育
5.おわりに――インクルージョンかエクスクルージョンか
第6章 アメリカにおける学力向上政策の幻想と現実――「落ちこぼし防止法」の導入とその成果をめぐって
1.アメリカの教育と学校・子ども
2.子どもたちの学力の実態とその格差
3.アメリカの学力向上政策と「落ちこぼし防止法」について
4.ノースカロライナ州における「落ちこぼし防止法」の政策浸透と反応
5.学力政策の成果と課題
第7章 テスト政策は教育の公正性・卓越性に何をもたらすのか――オーストラリア版・全国学力テスト(NAPLAN)のインパクト
1.「クレバー・カントリー」をめざして――オーストラリアの国家戦略と教育
2.オーストラリアの教育行政にみられる特徴と近年の改革動向
3.オーストラリア版全国学力テスト(NAPLAN)の導入
4.NAPLANが学校関係者に与えたインパクト
5.学力テストをめぐるポリティクス
第8章 ブラジルの教育改革――格差をいかに克服するか
1.教育の現状とその背景
2.教育改革を後押しする二つの動向
3.現場へのインパクト
4.おわりに――格差を超えるために
終章 各国の学力政策の理論的整理
1.はじめに
2.新自由主義と社会民主主義
3.新自由主義的要素の強さ
4.公正と卓越性
5.おわりに
あとがき
編著者略歴
執筆者略歴
前書きなど
あとがき
先日、本書の姉妹編(『学力政策の比較社会学【国内編】』)の「あとがき」を書いたところであるが、今日このように、本書の「あとがき」を書く段階にまでこぎつけることができたことを、私は素直にうれしく思う。私たちの3年間の調査研究の成果が、この2冊の本に結実している。
私が、「学力政策の比較社会学」というテーマの共同研究プロジェクトを立ち上げようと思い立ったのは、2007年のことであった。この年は、小・中学生を対象とした全国学力・学習状況調査がスタートした年である。全国学力テストの教育現場へのインパクトを同時代的に把握したいと考えたのが、その直接の動機であった。おりしも国際的には、2000年にスタートしたPISA調査の結果が断続的に公表され、各国はそれに対応すべく教育・学力政策の見直しを図りつつあり、日本もそのプロセスのただ中にあった。
そこで、国内班・国際班という二つの研究グループを組織し、2008年度から3年間にわたり研究活動に従事してきた。本プロジェクトにかかわった研究者および大学院生の総数はゆうに30を超える。本書は、そのうちの国際班の仕事をまとめたものである。
序章でも述べたように、本研究にこめた私自身の志は、次の二つであった。第一に、「国際比較」と銘打っているのだから、単なる各国の事例研究の羅列に終わらないこと。第二に、私たちの方法論的な特徴として、3年間にわたる「継続的な現地調査」をベースに議論を組み立てること。その二つがどこまで成功しているかは、本書の内容から読者の皆さんにご判断いただくほかない。必ずしも各国教育の専門家ばかりではない研究チームであったが、私たち編者をふくめ、担当者・執筆者全員がベストを尽くしたつもりである。
姉妹編のあとがきにも記したが、思えばこのプロジェクトは、かなりの「力技」であった。日本以外の8つの国(国際班)、および9つの府県(国内班)で私たちが過ごした時間、かけた労力、要した費用は、かなりの分量にのぼる。何よりも、代表者としての私の過大な要求・期待に、いやな顔ひとつせず(?!)、十分な形で応えてくれた共同研究者の皆さんに、心から「ありがとう」と言いたい。また、私たちに豊富な研究費を提供してくれた日本学術振興会にも、この場を借りて深く感謝の意を表しておきたい。
私自身は、このプロジェクトに関して四つの国を訪れた。3年間にわたって継続して訪れたのが、イングランドのマンチェスターとバーミンガムという二つの都市である。様々な人のお世話になり、たえず移り変わるイングランドの教育のナマの姿に、その都度新鮮な驚きを覚えた。12月に訪れた二つの町のクリスマス・イルミネーションの美しさが忘れられない。
イングランドのお隣のスコットランドでは、「なまり」の強さにびっくりした。ある町の教育委員会の方々と話をした時には、正直に言って、英語が10%ぐらいしか理解できず、われながら愕然とした。フィンランドでは、ある女性校長のご厚意に甘えて、ご自宅のサウナに入らせてもらった。ご一緒したご主人は、もの静かな大工さんだった。そして、ブラジルにも行った。リベルダージという日本人街で、調査活動を終えたのちに街角のバーで飲んだ冷えたビールは、これまで飲んだなかで最高のビールだった。
プロジェクトで見いだされた知見を皆で検討するなかで、何よりも印象深く感じたのは、すべての国で「公正=格差の縮小」という側面が政策的に強調されていることであった。その中身については、終章で整理している。各国の学力実態、およびそれを改善するためのアプローチは様々なものであったが、いちように格差の問題が主題化されていることは、私たち日本の教育研究者にとって大きな驚きであった。
それに比べると、日本の状況はお寒いかぎりである。民主党政権になって2年余りが経過するが、教育における格差問題への対応は、実質的に自民党政権時代から進歩したとは言いがたい。端的に言って、格差縮小にほとんどお金が割かれていない現状がある。それでもPISAの結果において日本がかなり健闘しているのは、教師のがんばりによるところ大なのではと率直に思う。そのことを実証的に確かめる手立ては見いだせないのであるが。
私たちの地元大阪では、橋下大阪新市長をリーダーとする政治勢力が、新自由主義的な教育改革を断行しようとしている。そのモデルはイギリス(イングランド)にあると思われるが、橋下氏らは、市場原理・競争原理の導入だけをめざし、公正面への配慮は一顧だにしようとしない。第1章で私は、イングランドの道を私たちは採るべきではないと結論づけた。それは、「卓越性」と「公正」の両側面を秤にかけたうえでの判断である。卓越性だけを追求する橋下氏のアプローチが全面的に採用されるなら、大阪の教育現場に大いなる弊害をもたらすこと必定であると言わざるをえない。
本研究プロジェクトがスタートしたのが、2008年のことである。それ以来、国内的には、上で述べたような民主党政権の発足、大阪での維新の会の躍進という、大きな政治的変化があった。また国際的にも、イングランドにおける2010年の政権交代(労働党から保守党中心の連立政権へ)など、各国の政治状況は刻々と変化しつつあり、教育界の動向からひと時たりとも目が離せない。
今年度(2011年度)からは、すでにこのプロジェクトの継承プロジェクトである「学力格差是正策の国際比較」(2011~13年度、科研費基盤研究(A))がスタートしている。学力に関わる政策のなかでも「格差是正策」にフォーカスをしぼって、日本をふくむ6つの国(イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、オーストラリア)の政策の効果と課題を探究しようというものである。その成果については、また日を改めて公表することができればと考えている。
末筆になるが、今回もまた、明石書店の大江道雅さんに全面的にお世話になった。時には難しいかなと思われる私たちの要望に対しても、二つ返事で協力を惜しまない氏のおかげで、私たちは自由に文章を作成することができた。「志を同じくする」編集者としての氏の存在が、私たちを勇気づけてくれた。改めて氏に、「ありがとうございます」の言葉を送りたい。
2011年クリスマスイブに 執筆者を代表して 志水宏吉