目次
序章(2011年~)
東日本大震災被災地を行く
第1章(2004年頃~2008年頃)
釜ヶ崎で生き延びる
川のほとりのホームレス村で生き延びる
第2章(2008年リーマンショック~)
「限界村」で生き延びる
コラム ありむら潜の新しいふるさとづくりへのつぶやき
(1)オソロシイ光景を見た
(2)刑務所か野宿。ニッポンの福祉は不在か ~刑余者問題を考える(1)~
(3)カマやんの街の「受け入れる」底力 ~刑余者問題を考える(2)~
(4)なぜカマガサキ?
(5)聴き取りは「心の肥やし」だ
(6)カマやんはどっちになるのかな?
(7)どん底の幸福
(8)「アフター」より「ビフォー」
(9)どうするのが包摂?
(10)開き直って、「一人でも暮らせるまち」
(11)夏の夜に想う
(12)人生をやり直したい人へ
(13)限界集落のせつなさ
(14)「New ニュー日雇い」のススメ
(15)しくみいじりより、一人ひとりの生きる力
(16)日本の落とし物が見える
(17)「つながり」こそ生命線
(18)生き延びて、生き延びて、再びつながる
(19)ゆるやかにつながるコレクティブ・タウン
(20)「ガレキ」の中から奇跡の復活劇
(21)巨大な後方支援で、新しい国づくりへ
(22)大震災に駆けつける日雇い労働者
(23)宇宙人たちよ、原点に帰ろう!
(24)どん底で見てきたもの ~定年退職にあたって(1)~
(25)どん底でしてきたこと ~定年退職にあたって(2)~
あとがき
前書きなど
あとがき ~漢方薬「カマやん」のススメ~
本書の作品群は、大阪市西成区にある釜ヶ崎という「日本社会の貧困や矛盾が集中する地域」を中心とする、いわゆる底辺社会に暮らし、あるいは活動する人々を描いたものです。作者である私は、この地で日雇い仕事を紹介するN労働福祉センターの職員として、あるいはまちづくりNPOの事務局長として働きながら、漫画家としてもこの『カマやん』シリーズを描き続けてきました。漫画なんてまったく素人の状態から1977年に突然に4コマ漫画を描き始め、いろいろあったけれどそれでも描き続け、やっぱり描き続け、漫画単行本はこれで8冊目です。
さて、本巻のセールスポイントを、誰も書かないので、トボトボと自分で並べます。
○伴走的記録者かもしれない
「カマやんってほんとうに時代とともに変遷していますよね」というお言葉を読者からいただくことがあります。それだけ読んでもらっていることに感謝しつつ、おっしゃるとおりで、それは現実の舞台となっている釜ヶ崎をはじめ、日本の下層労働者たちのこの40年間の実相の変容の記録でもあるように思います。ある種の伴走的記録者だったかもしれません。
そして本巻は、2004年~2011年の間に描いた作品を編集したものです。
貧困論・格差社会論・無縁社会論・日本社会衰退論が噴出し、リーマンショック(2008年)や東日本大震災(2011年)という大変動のあった時代を、カマやんたちのようなホームレス状態の人々はどのように生き抜いてきたのかの記録本でありたい。
記録を馬鹿にしてはいけません。古文書に残った先人たちの教訓が正しく生かされていれば、東日本大震災での巨大津波でも原発事故でも、もっと防災・減災ができたはずですから。
(…中略…)
○どん底の笑いを考える材料にできるかも
「ホームレスが不幸だなんて誰が決めたんや」とか「釜ヶ崎のような所だからこそ味わえる、人生の喜びもあるんや」という当事者の強烈な叫びがあることを知っていますか。
人間社会というものはどん底ですら笑いがあるものなのだということを感じてほしいです。人間とはもろく弱いと同時に、そうした強さがあることを感じて、安心してほしい。人間社会とはそういう「奥ゆき」があるものだということを、特に若い人たちには感じてほしい。
なぜならそれが震災後の日本社会を強くし直すと思うからです。
(……)
なお、本誌収録の4コマ漫画作品は日本機関紙協会大阪府本部発行の月刊『調査資料集』(現『宣伝研究』)に連載されたものです。その中には、私の職場でもある財団法人西成労働福祉センター発行の月刊広報誌『センターだより』に投稿連載されたものも多く含みます。ここへの連載はもう35年にもなります。つまり日雇い労働者やホームレスの人々自身が読んでいる漫画です、これは。
また、挿入エッセイ「新しいふるさとづくりへのつぶやき」は月刊『福祉のひろば』(編集:総合社会福祉研究所、発売:かもがわ出版)に「ホームレスから日本を見れば」シリーズとして連載されたものを加筆修正して転載したものです。
(…後略…)