目次
はしがき(川村千鶴子)
第1章 被災地市民の歴史──陸前高田市と大船渡市の「過去」「現在」「未来」(金澤宏明)
陸前高田市の人々──そこに街があった、生活があった
陸前高田市と大船渡市に住む外国人──日本の家族と母国の家族の心
第2章 変わる被災地いわき市のコミュニティ──絆をどう紡ぐか(荻野政男)
引き裂かれた家族とコミュニティ
絆を紡ぐ住まい方とコミュニティ
共に生きるため、いま自分たちにできることは……
第3章 多文化家族を感じる──在日ブラジル人の思い(リリアン・テルミ・ハタノ)
在日ブラジル人の置かれた状況
3・11後のブラジル人コミュニティの動向
多民族共生社会への希望
○コラム
1 「困っている人がいたら、助けるのはあたりまえ」(チョウ・チョウ・ソー)
2 生まれてくる赤ちゃんと家族の絆──帰国の決意(李賢珠)
第4章 家族とつながる──日本人学生や留学生のアンケートより(荒井幸康)
学生たちの「つながる」までの状況
「つながる」ことに関して
留学生たち
第5章 県営いちょう団地にみる多文化家族の動き──トランスナショナルなコミュニティ(長谷部美佳)
「トランスナショナルなコミュニティ」とは何か
いちょう団地の三月一一日
帰国ラッシュ
残った人たち
ホスト社会とのつながりと家族の絆
第6章 外国人妻の被災地支援──被災地の民族誌に向けた一素描(李仁子)
震災直後の混乱
NPOとしての支援活動
被災者とのふれあい
外国人妻から地域住民へ
マッサージによる支援活動
国際間移住者の葛藤
命がけの被災者支援
コミュニティと部外者
第7章 多文化家族の課題と可能性(武田里子)
農村に暮らす多文化家族
スニチャさん(仮名)とその子どもたち
浮かび上がる課題と可能性
第8章 多文化「共育」の視点からみる──韓国人多文化家族のケアの情景(李◆鉉:◆=[土乎])
多文化家族にみえる子育ての「思い」と協働
ボランティア活動を通して築く「絆」
共同体にみえる「家族」の様相
○コラム
3 韓国における結婚移民者の急増と「多文化家族支援法」(李賢珠)
第9章 多文化空間の人口移動分析──震災ショックが日本社会にもたらしたもの(郭潔蓉)
外国人の出入国状況から見る震災後の影響
国内の人口移動から見る震災後の変化
日本再考
第10章 未来を拓く多文化家族(川村千鶴子)
人びとの「間」
グローバル・ケア・スケープ
愛他精神と多文化空間
社会の分断と多文化家族
異国で遭遇する大災害
対話的能動性と被災地での行動力
情報の共有
変容する多文化家族
幸福な未来に向けて
あとがき(川村千鶴子)
執筆者プロフィール
前書きなど
はしがき
(…前略…)
○本書の構成と流れ
本書の流れを述べておこう。本書は被災の当事者を中心に、支援の当事者の実践と内発性に着目するところから始まる。
第1章・金澤宏明は、津波で我が家を失った。
両親との連絡が途絶え、親の安否を心配する不安な日々に始まり、宮城県沖の地震、陸前高田市と大船渡市を多角的・立体的に把握しようとした。愛する人びとの喪失をかみしめて、生きる情景をオーラル・ヒストリーによって描写する。被災当事者として歴史を刻むことに希望を模索する立場に立っている。オーラル・ヒストリーの採取は、時間もかかるが、記録を残すことの意味は限りなく大きい。さらに、外国人居住者のインタビュー調査も行い、母国を離れて移住先で事故に遭遇した人びとの生の声を伝えてくれる。
第2章・荻野政男は、不動産会社を経営するかたわら外国人の居住安定化を図ってきた。震災直後、故郷である福島県いわき市で、孤立する高齢者の存在を知り「何とかしなければ」と、その救済に走りまわる。また、原発の風評被害を少しでもなくしたい、復興支援をしたいと「ふくしま国際メディア村」を創設し、多国籍音楽祭の開催を通して原発避難民との融合を図っている。変わる被災地いわき市のコミュニティについて、「絆をどう紡ぐのか」、諦めない人間の愛他主義と英知がにじみ出ている。
第3章・リリアン・テルミ・ハタノは、在日ブラジル人の歴史的背景を解説してから、在日外国人が支援を必要とするだけの存在から、支援する役割を担うことになった関係性を細やかに描写している。国籍等にかかわりなく在日ブラジル人も同じ社会、同じ時代に暮らす仲間であり、そこでの協働が厳しい現実に立ち向かい生きる希望を生み出している。新たな時代を迎えて、外国人は単に管理の対象ではない。平等な人権実現のインフラ整備の必要性に言及している。
コラム1・在日ビルマ(ミャンマー)人チョウ・チョウ・ソーは、二〇年前に来日し難民申請後、難民認定を受けた。地震後一か月、陸前高田市矢作町の下矢作コミュニティセンターに向かう。瓦礫を片付け、ビルマ料理を振る舞う。ビルマのカレーで被災者を元気づけた。被災者に喜んでもらえたことが、二〇年間の苦労を洗い流したという。単に保護される「難民」という立場から、日本社会の構成員の一人として「自律」していく過程を読み取っていただきたい。
コラム2・李賢珠は筑波大学大学院博士課程に留学中、今回の震災を経験し帰国を決意した。生まれてくる赤ちゃんと家族の絆を考察している。新しい命の大切さを話し合っていただきたい。
第4章・荒井幸康は、社会言語学の視点から、3・11から情報が家族にどのように伝わったのか、また、伝わらなかったのかを、一五〇人のアンケート調査を実施し、その結果を分析する。技術の発達、特に携帯電話とインターネットの普及に伴って、情報の伝達は大きく変化したが、3・11以後、常につながっている感覚は断ち切られたのである。「常時接続社会」に生きているという情報の安心感は崩れ去った。人びとの「間」が「つながる」とはどういうことなのか。特に、家族とつながらなかった留学生の不安が浮き彫りになる。はたして家族や友人と常に携帯電話でつながっているという安心感は今後も通用するのだろうか。
第5章・長谷部美佳は、神奈川県いちょう団地において、インドシナ難民との多文化共生の活動に尽力してきた。移民が社会に適応していくうえで重要なのは、「社会的つながり」と同時にホスト社会の受け入れ体制にある。今回の震災で、多くの外国人は帰国したり、子どもを一時帰国させたりした。しかし日本社会に生活基盤がある外国人の多くは、結局子どもたちを日本に連れ戻し、日本で生活を再開している。トランス・ナショナルな社会空間を考察する。
第6章・李仁子は、国際結婚女性たちの被災地支援の事例を長期的に参与観察してきた。来日十数年を経る地域の核となる魅力的な二人の韓国人女性が、3・11後どのような支援を被災地で行ったのか。被災地で支援活動を行う外国人女性は、自らも被災の当事者である場合が多い。国籍は多様であるなかで、NPO法人を立ち上げ、地域のまとめ役となっている二人の女性の日々の活動や役割を視野に入れつつ、被災地での支援の被災民族誌を厚みのあるタッチで描き出した。災害という異文化の総体を、それを経験したことのない読者にも分かるように記述するのが「災害の民族誌」である。
第7章・武田里子は、農村における「世帯主=男性」を中心とした地域運営が実質的に女性をさまざまな決定プロセスから排除することになり、外国籍女性配偶者の場合には、さらに日本人を対象とする住民登録制度に起因する制約も加わると指摘する。結婚移住女性には日本社会の課題が凝縮して表象されるためであるが、一方で、女性たちが、人の国際移動が生み出す経済格差をメリットとして活用し始める様相を捉えている。多文化家族の生活実践は、旧来の枠組みをこえて自由な思考を広げつつある。国籍や民族は、多様なアイデンティティの一側面でしかない。人びとの「間」をより良く生き、家族愛につながりうる多様な糸口を見出そうとしている。結婚移住女性は国民国家の枠組みを越えた地域コミュニティを形成する可能性を考察している。
第8章・李ホヒョンは、震災後、韓国と日本を往復し、マイノリティ、外国人、障害児を抱える親の立場から子育てする思いと、震災後の子どもの心と親子の心のケア、つまり多文化家族支援の必要性を述べる。これからの未来に必要なのは、国籍や民族を越えて共に暮らし、共に育て、共に働き、思いを寄せ合い、心を支え合い、絆を創っていく新しい家族のあり方ではないだろうか。「家族の絆」と「家族ストレス」の状況を分析しながら、多文化家族への支援のあり方を考察する。家族離散と家族再会の「思い」、被災地でのボランティア活動と「絆」の大切さ、放射能に関する教育の必要性も説いている。
コラム3・李賢珠は、韓国の多文化家族支援法の成立とその後について解説している。韓国では多文化主義的立場が不明確で同化主義的であり、理念が不透明で法律の性格が明確でないという批判もある。その後、多文化家族の範囲を出生による国籍取得者に限定せず、認知と帰化による国籍取得者も含める多文化家族の範囲を拡大した。多文化家族の暮らしの質の向上と社会統合に関する重要事項を審議・調停するため、国務総理所属に多文化家族政策委員会を設置することになった経緯を紹介している。
第9章・郭潔蓉は、震災後の人の移動をマクロ的に捉え、日本社会に与えた影響を、基礎データから図表やグラフを作成することを通してデータ分析の手法を示す。図表やグラフがどのように作られ、解読できるのかを学ぶことができる。人の移動の現象を解読し、急激な人口移動は日本各地で大きな打撃となることが明らかとなる。震災ショックとは何か、未来に向けて何を再考すべきかを浮き彫りにする。「安全神話」の崩壊によって多くの外国人が流出し、国内の大量人口移動が起きたことを捉えなおす客観的アプローチとなっている。
第10章・川村千鶴子では、これらの論考を踏まえ、3・11後の変容する多文化家族を考察した。グローバルな移動とケアの情景は、新しい「親密圏」を生み出している。親密圏には両義性があり、時に大きく変容し、脆く壊れやすい側面を持っている。その一方で、3・11後家族を失った人びとが新しい人間関係を生み出しつつある。支援とケアの情景があり、愛他精神の芽生えがある。その結果、新しい多文化空間が創出され、その領域は現在もなお拡大しつつある。主要な要因として、人と人の間に愛他精神とケアの実践があり、学問と実践の蓄積が対話的能動性と情報の共有を通して未来を切り拓こうとしている行動力がある。
(…後略…)