目次
I 東日本大震災が問う「地域」と外国人
第1章 未曽有の大災害、外国人散在地域では、なにが起きたのか――地域における「共生」を問う(大村昌枝)
第2章 「多文化ファミリー」における震災体験と新たな課題――結婚移民女性のトランスナショナル性をどう捉えるか(李善姫)
第3章 「土地に縛り付けられている人々」と「旅行者」――震災があらわにした可動性《モビリティ》という分断線(五十嵐泰正)
II 東日本大震災が問う日本社会
第4章 外国人による被災地支援活動――その特性が日本社会に示すもの(小林真生)
第5章 東日本大震災と技能実習生――震災から見えてきた移住労働者受け入れ政策の実態(大曲由起子)
Column1 東日本大震災と留学生――それでも日本で学ぶという選択(明石純一・馮超・陸暁峰)
第6章 東日本大震災と在日コリアン――エスニック・マイノリティの視点を通じてみる震災と日本社会(佐々木てる)
Column2 東日本大震災を「在日」としてどのように捉えるのか――地域変革の当事者として(崔勝久)
III 東日本大震災と情報伝達
第7章 地域の日本語教育と被災地の外国人――コミュニティにおける言語とその役割(松岡洋子)
第8章 多言語支援センターによる災害時外国人支援――情報提供と相談対応を中心に(土井佳彦)
第9章 災害時の情報アクセスと内容理解――外国人住民の「混乱」の背景にあるもの(若松亮太)
Column3 在日ブラジル人とメディア――大震災が浮き彫りにした複雑な関係(アンジェロ・イシ)
IV 大震災における外国人支援
第10章 市民意識と多文化共生――阪神・淡路大震災の経験から東日本大震災の支援へ(吉富志津代)
第11章 被災地での法律相談活動からみた外国人住民――気仙沼・大船渡のフィリピン人住民の姿(皆川涼子)
第12章 いまなお移住労働者は使い捨ての労働力なのか?――東日本大震災以降の労働相談案件から(山口智之)
第13章 国際移住機関(IOM)による人道的帰国支援と在日外国人らの選択――浮き彫りにされた社会統合の課題(橋本直子)
書評(駒井洋)
○五十嵐泰正編『労働再審(2) 越境する労働と〈移民〉』
○S・カースルズ&M・J・ミラー著、関根政美・関根薫監訳『国際移民の時代[第4版]』
編者後記(鈴木江理子)
前書きなど
「移民・ディアスポラ研究」2の刊行にあたって
移民やディアスポラの流入と定着にともなう諸問題は、重要な研究課題として日本でも近年急浮上してきた。第二次大戦後の日本社会においては、移民ないしディアスポラにあたる人々は在日韓国・朝鮮人および在日中国人以外にはほとんどおらず、しかもこの人々は、単一民族主義のイデオロギーのもとで、できれば日本社会から排除すべき存在として、厳重な管理統制のもとにおかれていた。したがって、この人々が移民・ディアスポラとして日本社会を構成する、欠くことのできない一員であるという認識は政策的にはまったく欠如していた。
1970年代から、外国人労働者をはじめとして、さまざまな背景をもつ外国人の流入が本格化したが、この人々はあくまでも一時的滞在者にすぎず、いつかは本国へ帰国することあるいは帰国させることが政策の前提とされていた。このような状況にもかかわらず、移民ないしディアスポラとしての日本社会への定着は、まず在日韓国・朝鮮人や在日中国人からはじまった。この人々のなかで外国籍を保持する者には特別永住者という日本での永住を予定する在留資格があたえられるとともに、日本国籍を取得して外国系日本人となる者が増加していった。また、非正規滞在者であっても、帰国する意思をもたない者には限られた条件をみたせば在留特別許可が付与されるようになり、その数は相当規模にたっしている。さらに日本人と結婚するなどの条件をみたした者には永住者という在留資格があたえられ、永住者は激増傾向にある。また主として日本人の配偶者等あるいは定住者という在留資格で流入したラテンアメリカ日系人やその他の在留資格をもつ外国人の相当部分も日本社会に定着し、難しい条件をクリアして日本国籍を取得する者も増大している。つまり、日本に永住する意思のある外国籍者と日本国籍取得者とからなる、無視できない人口規模の外国系移民・ディアスポラは、日本社会にすでに確固とした地歩を確立したのである。
日本での従来の「移民」研究の主要な対象は、日本から主として北アメリカやラテンアメリカに渡った人々であり、日本にやってくる人々ではなかった。そのため、「移民」研究にはこれまでとは異なる新しいアプローチが要求されている。ディアスポラは、「分散する」「拡散する」「まき散らす」などの意味をもつギリシア語の動詞を起源とするものであり、近年、ユダヤ人ばかりでなく、国境をこえて定住する人々をさす概念として広くつかわれるようになってきた。ディアスポラは、出身国と移住先国に二重に帰属しているから、その異種混淆性から従来の国民文化をこえる新しい文化的創造をなしとげる可能性をもつ。また、ある出身国から離れてグローバルに離散したディアスポラは、いわばディアスポラ公共圏ともよばれるべきネットワークをグローバルに形成しつつあり、グローバル・ガバナンスの重要な担い手になりつつある。
このような状況に鑑み、われわれは「移民・ディアスポラ研究会」を結成することとした。その目的は、移民・ディアスポラ問題の理論的実践的解明とそれに基づく政策提言にある。この研究会は特定の学問分野に偏らず学際的に組織され、この趣旨に賛同する者であれば、誰でも参加できる。日本にはすでに「移民政策学会」が存在し、活発に活動している。「移民・ディアスポラ研究会」の現在の会員も全員「移民政策学会」の会員でもある。それにもかかわらず、「移民・ディアスポラ研究会」を立ちあげる主な理由は、日本を中心としながらもグローバルな広がりをもつ、もっとも緊急に解明を要する課題をとりあげ、それに関する研究および実践の成果を体系的に整理しながら政策提言をおこなう「移民・ディアスポラ研究」のシリーズを刊行することにある。シリーズの各号には編者をおくが、編集には会員全員があたる。また、このシリーズはおおむね毎年1冊ずつの刊行をめざす。
『東日本大震災と外国人移住者たち』というタイトルをもつシリーズ第2号は、世界的経済危機の影響を検討したシリーズ第1号につづくものである。2011年3月11日に、東北地方を中心とする広い範囲を未曾有の大震災と大津波が襲ったばかりでなく、深刻きわまりない原発事故が発生した。これにより、外国人労働者や移民・ディアスポラは重大な影響を受けたばかりでなく、日本社会との関係やかれ/かのじょらにたいする支援のありかたにも新たな課題が大きく浮上した。本号を刊行する趣旨は、できるだけ現実の実態を重視しながら、東日本大震災の影響と今後の対応のための実践的課題を検討することにある。
2011年12月19日 移民・ディアスポラ研究会代表 駒井洋