目次
巻頭のことば 貧困率上昇・貧困線低下のなか、生活保護制度改革への課題(布川日佐史)
特集1 生活保護制度改革に向けて――世界の社会扶助制度に学ぶもの
アメリカ公的扶助におけるワークフェア政策の課題――15年の評価と不況への対応(木下武徳)
イギリスにおける低所得者向け所得保障と就労支援――政権交代前後の変化(菊地英明)
フランスの社会ミニマム改革にみる貧困低所得対策の特徴(原田康美)
社会扶助の実施と給付―ドイツの動向および課題――(嶋田佳広)
1990年代以降のスウェーデンにおける公的扶助制度改革と就労支援(太田美帆)
特集2 貧困測定の研究4
(1)「流動社会」における生活最低限の実証的研究4:家計実態アプローチによる最低生活費――生活保護基準等との比較(貧困研究会・家計調査部会[岩田正美・村上英吾・岩永理恵・松本一郎・鳥山まどか])
(2)現代版マーケットバスケット方式による貧困の測定――静岡県における最低生計費試算調査結果より(中澤秀一)
シリーズ貧困研究の課題7
特別講義:憐れみではなく力(power)を――貧困、人権、シチズンシップ(ルース・リスター)
この人に聞く 第7回
今井誠二(NPO法人仙台夜まわりグループ理事長/尚絅学院大学准教授)――震災の地・仙台で継続するホームレス支援活動(インタビュー:福原宏幸)
投稿論文
・なぜ日本の単身高齢女性は貧困に陥りやすいのか(山田篤裕・小林江里香・Jersey Liang)
書評論文
・連合総研『ワーキングプアに関する連合・連合総研共同調査研究報告書I・II』(渡邊幸良)
・五石敬路著『現代の貧困 ワーキングプア――雇用と福祉の連携策』(中嶋陽子)
・垣田裕介著『地方都市のホームレス――実態と支援策』(堤圭史郎)
海外貧困研究動向
・韓国の貧困と政策の研究動向(五石敬路)
国内貧困研究情報
1 注目すべき調査報告書 年越し派遣村相談票データから見えてくること(貧困研究会・派遣村データ分析部会)
2 東日本大震災の緊急調査報告 東日本大震災による被災者の生活と貧困――主として福島県を例に(丹波史紀)
貧困に関する政策および運動情報 2011年1月~2011年6月(山田壮志郎/五石敬路/小西祐馬/村上英吾/北川由紀彦)
貧困研究会規約
原稿募集及び投稿規定
編集後記
前書きなど
貧困率上昇・貧困線低下のなか、生活保護制度改革への課題(布川日佐史:静岡大学)
7月に発表された「平成22年国民生活基礎調査結果」によれば、「相対的貧困率」(可処分所得が貧困線に満たない人の割合)は2009年現在で16.0%へと高まっている。留意すべきは、貧困線(等価可処分所得の中央値の半分)が1997年の149万円(年、名目値)をピークに低下し続け、2009年には125万円まで低下したことである。貧困かどうかの分かれ目である相対的所得貧困線が低下するもとで、相対的所得貧困率が上昇している。
低下する貧困線よりもさらに一層低いところにますます多くの人が落ち込み、貧困線を押し下げ、貧困率を高めている。また、中流層が地盤沈下し、平均所得が下がり、貧困線を押し下げている。貧困・不平等・格差をなくすどころか、それに逆行する事態に歯止めがかかっていないのが現実なのである。社会経済構造の変化と「私たち99%」が直面している生活実態をしっかり分析できているのか、声を反映しているのか、『貧困研究』に課せられた課題は大きい。
問題は、中流層の所得低下と低所得世帯の一層の貧困化が、ナショナルミニマムの引き下げをもたらしかねないことである。生活保護の給付額が引き上げられたわけではないが、平均的一般世帯もしくは低所得世帯の消費支出額との距離を一定に保つことを原則とする「消費水準均衡方式」の考え方からすると、均衡が崩れた、生活保護費が高すぎるということになる。この方式を前提に生活保護基準の妥当性を検証する限り、必然的に引き下げという結論になる。貧困の拡大・深化に引きずられてナショナルミニマムが削減されるようなことがあってはならない。最低生活水準を維持し、格差と貧困をなくす生活保護基準算定方式への転換を検討しなければならない。
現状は、貧困の拡大によって生活保護がますます多くの生活困窮世帯を対象とするようになり、果たすべき役割も拡大しているということである。平均的一般世帯の生活水準が低下してきたからではあるが、生活保護は、平均世帯に近い広範な低所得層の生活費、家賃、医療費を補する所得保障制度としての役割を担うことになる。
生活保護の実施主体は、自治体である。自治体が貧困の拡大にどう立ち向かうかが問われている。生活保護に関する国と地方の協議が進んでいる。自治体間の生活保護受給率の不均衡・負担の押し付け合いを放置したまま、受給率の高い一部自治体の主張をもとに、受給人数や受給期間の制限を目指しているようにみえる。自治体が旗振り役をかってでて保護からの排除を制度化しても、貧困問題の解決にならない。就労可能な受給者の増加が負担増の要因だというのなら、自治体は負担回避をめざして国に対して雇用労働政策の抜本的改革を強く求めるべきである。
本号の5ヶ国の社会扶助制度改革比較特集から明らかなように、まずはすべての自治体が貧困の拡大を直視し、生活保護を活用して貧困に陥った住民の命を守り、生活を保障し、自立を支援するという課題に取り組むのが、制度改革に向けた第一歩なのである。