目次
はしがき(寺本実)
序章 ドイモイの歩み(寺本実)
はじめに
第1節 ドイモイ前史
第2節 ドイモイ路線の採択
第3節 ドイモイ路線の展開
おわりに――なぜ「国家」と「社会」のかかわり、関係性に注目するのか
第1章 ドイモイ下のベトナムにおける「共同体」の存在と役割および「政府」の失敗――経済開発論的アプローチからみた“国家”と“社会”との関係(竹内郁雄)
はじめに
第1節 古田元夫、経済開発論、“国家”と“社会”との関係
第2節 新制度派的な経済開発論「共同体」の活用
第3節 ベトナムにおける「共同体」の存在と役割
第4節 「共同体」の活用における「政府」の「失敗」
おわりに――若干の補足
第2章 ベトナムにおける開拓移民政策からみた国家と社会の関係――1980年代の南北間人口移動の実態を中心に(岩井美佐紀)
はじめに
第1節 開拓移民政策の転換
第2節 ベトナムにおける国内開拓移住動向の変化
第3節 政府95号決定の意義
おわりに
第3章 ドイモイ下ベトナムの障害者の生活における「国家」と「社会」――紅河デルタにおける事例研究を通して(寺本実)
はじめに
第1節 ベトナムの障害者の概況
第2節 事例研究からみた生活状況
第3節 生活における「国家」と「社会」のかかわり、関係性
おわりに
第4章 ベトナムにおける党国家と市民社会の関係性――「実社会」からの政治改革の要求(中野亜里)
はじめに
第1節 国家と公民社会・実社会
第2節 社会から国家への政治的作用
第3節 実社会の公民社会化
おわりに
補章 先行研究の概観と本書の位置づけ(寺本実)
はじめに
第1節 日本における主な先行研究
第2節 日本以外での主な先行研究
おわりに
あとがき(寺本実)
索引
前書きなど
はしがき(寺本実)
私たちもベトナムの人々も同じ時代を生きている。その現代ベトナムの国家と社会、人々と国とのかかわりをめぐる論考を所収したのが本書である。現代ベトナムの特徴を挙げることを求められれば、次の諸点を挙げることができる。ひとつにはドイモイの国、2つにはベトナム共産党が統治する国、3つには大半の人たちが農村部に住む国、4つには多民族が暮らす国、5つには厳しい自然環境下で暮らす人々の国、最後には大国との戦いの歴史を背負う国、以上である。
初めにドイモイ(doi moi)について。ベトナムは1986年12月に第6回ベトナム共産党全国代表者大会(以下、党大会)でドイモイ路線を正式に採択し、以降これまで同路線を展開してきた(詳しくは序章を参照)。同路線の核心を端的に述べれば、計画経済を中心とした経済運営から市場経済に基づく経済運営への転換だと考えられる。この移行を企てた国、企てている国はいくつも存在するが、外部観察者から見てベトナムではこの移行が比較的速やかかつ成功裏に行われた。「ドイモイの国・ベトナム」というイメージは既に多くの日本人に定着しているのではなかろうか。本書のタイトルは『現代ベトナムの国家と社会――人々と国の関係性が生み出す〈ドイモイ〉のダイナミズム』としているが、主な考察の対象時期とするのは、このドイモイ期についてである。それはなぜか。ベトナムのドイモイは現在進行形の事業であるゆえ、その実態、ダイナミズム共に未だ明らかにされていない点が多い。それを明らかにすることは、なぜベトナムにおいて計画経済から市場経済に基づく経済運営への移行が速やかに行われたのか、ベトナムがどのような課題を抱えているのか、を具体的に検証することにつながるからである。現在、ベトナムに関わる方々は、たとえドイモイ以前の事象について関心を持ち、調査を行う研究者であろうとも、すべからくドイモイ下のベトナムという「窓口」を通してその事象にアクセスすることになる。援助政策、文化交流事業、ビジネスなどさまざまな分野でベトナムに関わられている皆様についてはいうまでもない。ベトナム地域研究の立場から、ドイモイの実態とダイナミズムの一端を明らかにできるならば、こうした皆様にとってだけでなくベトナムに関心を持つすべての人々にとっても有益であるに違いない。それは、ひいては日本とベトナム、ベトナムと日本の相互理解と交流の深化にとっても意義を持つことになる。
第2の点については、ベトナムの人たちは現在、ベトナム共産党による一党支配の下で暮らしている。Nhan Dan(人民)紙2011年1月13日付によれば党員数は2011年1月に開かれた第11回党大会時に約370万人と、ベトナム人口の約4.3%を占める。このわずか数パーセントの人たちが現在ベトナムを正式に統治している。
第3の点については、ベトナムでは総人口8602万4600人(2009年暫定値)のうち、都市部に2546万6000人、農村部に6055万8600人が暮らす。人口の約70.4%は農村部で暮らしている。
第4の点については、ベトナムでは現在公式には54の民族が暮らすとされる。最も多数を占めるのがキン族(ベト族)で、少し古い数字になるが1999年時でベトナム人口の約85.9%を占めた。このキン族の人たちが現在のベトナムにおける有力ポストの大半を占める。そうした中、第9期、10期とベトナム共産党書記長を務めた少数民族タイー族の血をひくノン・ドゥック・マイン書記長は、民族の大団結を唱える現体制の象徴的な存在となってきた。
第5の点については、ベトナムでは毎年数百人という単位で自然災害による死者が出る。たとえば2010年。Thoi bao Kinh te Viet Nam(ベトナム経済タイムズ)の2011年1月1-3日付は、2010年に台風、大雨、洪水などの自然災害により推定で死者260人超、行方不明者96人、家屋倒壊6000軒超などといった被害が出、推定被害総額は16兆550億ドンに達したと伝えている。ベトナムではその地理的位置、地形により、台風、熱帯低気圧などによる被害は後をたたない。
最後の点については、ベトナムは大国との戦争を長く経験してきた。古くは紀元後40~43年のハーイ・バー・チュン(チュン姉妹)の後漢に対する反乱のように、この地を統治しようとやってきた中国の歴代王朝、フランス、日本、アメリカといった諸大国との戦いを現代に至るまで経験してきた。ハーイ・バー・チュン、チャン・フン・ダオ、レー・ロイなど、ベトナム独立のために諸外国と戦った歴史的英雄の名は、ベトナムの街の通りの名称として今も用いられ、人々の日常に自国の歴史を根付かせている。
次に、本書の構成について述べておきたい。序章ではまずドイモイの歴史的な流れを概観し、過去から今日に至るドイモイの歩みについて紹介する。通常であれば続いて先行研究レビューとなるが、本書ではあえてその形を取らない。すぐ各論考に入り、先に俯瞰したドイモイをめぐる現代史を生み出し、形成してきた主たる原動力のひとつであるベトナムの「国家」と「社会」の関係性、人々と国とのかかわりについてそれぞれの分野で具体的に検証する。そして最後に主な関連先行研究の紹介と検討を行った補章を付す。
しかし、本書の読み方・用い方にはいろいろある。「ドイモイ」の全体的な概要、流れについてご関心がある方は、序章「ドイモイの歩み」をご参照いただきたい。また、そうした基本的事項よりも現代ベトナムの国家と社会、人々と国とのかかわりに関する本格的な考察にご関心をお持ちの方は、それぞれ独立した論考として所収された、第1章以降の論考をお読みいただきたい。また、「国家」と「社会」の分析視角を用いた現代ベトナム地域研究の主な成果とその文脈における本書の位置づけをフォローしたいという方は補章をお読みいただければ幸いである。
(…後略…)