目次
謝辞
日本語版への序
第1章 はじめに
1.領土・権威・諸権利の集合(アセンブラージュ)を歴史化する
2.複雑なシステム内部の根本的変化とシステム自体の根本的変化
3.歴史を用いて変化の分析を発展させる
4.本書の概要
第1部 ナショナルなものの集合
第2章 ナショナルなものの構成の際の領土・権威・諸権利
1.中世の領土・権威・諸権利を読み解く
2.権威と権利の領土化
3.都市の領土性のポリティカルエコノミー
4.結論:中世の能力とその帰結
第3章 帝国地理を基礎にしたナショナルなポリティカルエコノミーの集合
1.非常に重要なアクターである国家
2.世界スケールの構築
3.帝国地理に基づく国民経済の構築
4.ナショナルブルジョアジーの法人格の構築
5.不遇な主体による合法性の構築
6.アメリカ国家:13州連合からのナショナルな主権の形成
7.熱狂的ナショナリズムと帝国主義
第2部 ナショナルなものの脱集合
第4章 転回点(ティッピングポイント)――新たな組織化論理に向けて
1.インターナショナリズムの諸相
2.転回点(ティッピングポイント)
3.国家内部の権力の再配分
4.公私の境界線の再構築
付表:行政機密と自由裁量権の濫用
第5章 脱ナショナル化する国家のアジェンダと民営化される規範形成
1.グローバル経済の下での国家のパワーをめぐる可変的な解釈
2.脱ナショナル化する国家のアジェンダ
3.私的なエージェントの新たな制度的ゾーン
4.グローバル資本市場:権力と規範形成
5.特殊な国家の活動の部分的な脱埋め込みと非国家的アクター
6.結論
付録:ハゲタカ(バルチャー)ファンドと国家債務――ラテンアメリカの例(2004年11月)
第6章 政治的メンバーシップをめぐる基本的テーマ――ナショナルな国家との今日の変化する関係
1.シティズンシップとナショナリティ
2.シティズンシップの脱境界化と再ローカル化
3.シティズンシップの脱構築:諸権利をめぐる問題を探るレンズ
4.合法性と承認の間の多様な相互作用
5.新たなグローバル階級:政治にとっての意味
6.ポストナショナルで脱ナショナルなシティズンシップに向けて
7.グローバル・シティの中のシティズンシップ
8.結論
第3部 グローバルなデジタル時代の集合
第7章 デジタルネットワーク、国家の権威、政治
1.国家の権威とデジタルネットワークの対峙
2.デジタルなものの埋め込み
3.資本の固定性とハイパーモビリティの新たな相互作用
4.グローバルな回路をめぐる場の政治学:マルチスケールとしてのローカルなもの
5.結論
第8章 混成的な時間-空間秩序の集合――理論化のための諸要素
1.分析的な境界領域:特異性と複雑さ
2.複数のタイプの領土性としての混成的な時間‐空間の集合
3.2つの時間性の並存と新たな経済
4.結論
第9章 結論
1.方法と解釈について
2.領土・権威・諸権利:ナショナル・グローバルな集合
3.ナショナルな境界線から埋め込まれた境界線へ:領土的権威の持つ意味合い
4.特別な秩序の複数化に向けて:TARの集合
監修者あとがき
文献
索引
前書きなど
監修者あとがき――グローバリゼーション・スタディーズの課題
(…前略…)
本書の主要なテーマは、グローバリゼーションと呼ばれる時代をトータルにとらえる観点を理論的に明らかにすることにある。近代という時代は、中世的な帝国と教会の権威を掘り崩しながらも利用して、法体系や国家機構ならびに国家間関係などの新しい装置や機構をひとつの「集合(アセンブラージュ)」としてつくり上げてきた。それら装置や機構は「領土・権威・諸権利」という器の中に落とし込むことによって構成されてきたが、今、ある時期を「転回点(ティッピングポイント)」として、その近代の「脱集合」が起こってきている。容器としてのナショナルなものの中に、公式/非公式に、グローバルなものが入り込み、新しい集合を生み出しつつある。そこに人々はどのように関わることが可能なのか。それこそが彼女の主たる関心であるように思える。
(…中略…)
それでは「グローバリゼーション・スタディーズ」は何を研究する分野であり、どのようなパースペクティブを持ちうるのか。何を明らかにしようとしてきたのであろうか。この問いに対してさまざまな答えがありうるであろうが、ここでは、大きく3つに分けて考えてみたい。
第1は、政治や経済、文化や社会などの領域において、国境を越える事象が急激に拡大してきた。それらは、これまでの単なる量的な拡大ではなく質的な転換をはらんでおり、グローバリゼーションという用語によって表現された。そうした時代を画するような転換の分析は、各々の既存の学問分野において進められてきた。その場合、必ずしもグローバリゼーションという言葉が使われてきたわけではなく、また意識されていない場合もある。グローバリゼーション・スタディーズは、まず何よりも、こうした個々の分野においてどのような構造転換が今起こっているのかを分析するとともに、政治や経済の変化が文化や社会の転換といかに密接に連関しているかを明らかにすることが必要である。グローバリゼーションを研究するとは、何よりもまず、最近のさまざまな機構や制度などの変化を明らかにすることであり、これらは、〈事象としてのグローバリゼーション〉と言うことができるであろう。
第2は、グローバリゼーションが単にさまざまな事象としてあるだけではなく、それらをとらえようとしたときに、これまでの体系化され、専門化され、さらにナショナルな枠組みを所与としてきた学問分野そのものの問い直しが必要となってくる。これは、既存の経済学や政治学といった長い歴史を持ち、制度化された領域だけではなく、移民研究やジェンダー研究といった新しい研究領域についても言えることである。たとえば、移民という課題がグローバリゼーションと併置されて問題を組み立てたときに、これまでの移民研究の枠組みには収まりきらない新しい課題を抱え込むことになる(伊豫谷登士翁編『移動から場所を捉える』有信堂高文社)。言い換えるならば、グローバリゼーション研究は、これまでの諸研究が、いかにナショナルな枠組みに、無自覚に、とらわれてきたのかを明らかにするのである。それはこれまで欧米を中心として展開されてきた知の枠組みを問い直す作業であり、〈方法としてのグローバリゼーション〉である。
第3は、現代という時代がこれまでの近代という時代の延長にあるのではなく、近代の亀裂あるいはある種の断絶として現れてきている。そもそも近代という時代そのものは、「グローバル」であった。近代は、帝国を解体する中から、個々の地域を「国民国家」として生み出し、その相互の主権を尊重するシステムとして、すなわち近代主権国家の国家間関係として構成された。近代のグローバルなシステムは、一方では国境を越えたさまざまな営みを拡大しながらも、ナショナルな国家に分断されることによって、構造化されてきたのである。理念としての自由や平等が、国境を越える暴力装置によって維持され、近代の知の枠組みはそれを正当化してきた。グローバリゼーションとして問題化されていることの多くが、近代が始原において抱え込んだ課題の噴出として現れてきているがゆえに、近代そのものの問い直しとしてある、という認識が広まっている。これは〈時代(あるいは歴史)としてのグローバリゼーション〉である。
(…後略…)