目次
「叢書グローバル・ディアスポラ」刊行にあたって
序論(首藤もと子)
第1章 ベトナム人ディアスポラ(古屋博子)
第2章 フィリピン人ディアスポラ――曖昧な“ニュー・ヒーロー/ヒロイン”たちと国家(小ヶ谷千穂)
第3章 インドネシアのアチェ紛争とディアスポラ(西芳実)
第4章 オーストラリア・キャンベラ市における二つのタイ系ディアスポラ(小野澤正喜/小野澤ニッタヤー)
第5章 ビルマ人ディアスポラはいま――在日ビルマ人の思想と行動(田辺寿夫)
第6章 インド人ディアスポラ――海外移民全般(今藤綾子)
第7章 インド人ITワーカーの越境(明石純一)
第8章 バングラデシュからの海外移民とディアスポラ(イフティカル・ウディン・チョードリー)
第9章 ディアスポラとしての元「不法」就労パキスタン人たち(五十嵐泰正)
第10章 アフガニスタンからのディアスポラ――パキスタンにおける難民二世の視点から-「外国」と「祖国」の狭間で(斉藤真美子)
第11章 ネパール人のディアスポラ(水野正己)
第12章 スリランカ女性の海外出稼ぎ労働――聞き取り調査から貧困緩和効果を考える(嶋田ミカ)
索引
前書きなど
序論
(……)
2 本巻の構成
(…前略…)
本書は、以上のような構成になっている。そこで、本書を通して「アジアのディアスポラ」の現代的特徴として顕著にうかびあがるのは、次のような点である。まず、第一にアジアのディアスポラには、大別して紛争ディアスポラと労働ディアスポラのタイプが見られる。紛争ディアスポラの場合、その故郷を離れたあとも、彼らはそれぞれの記念日や仏教寺院などを糧にして、自らのアイデンティティを保持し、そのネットワークを展開している。それは、アジアの国家と社会に「中心」と「周辺」が幾重にも組み込まれた入り子状態になっており、いわば社会的周縁からのグローバルなネットワークである。しかし、体制変動に伴うディアスポラの場合は、故国の政府がかつての敵対勢力を「民族」として迎えいれる政策転換をとったとしても、体制への嫌悪感は変わらず、そこには民族的帰属意識と体制批判との間でアイデンティティの分離が固定化している。
第二に、そうしたディアスポラの動向を規定するのは政治経済的な要因であり、当然ながら、政府の政策転換が大きな影響を与える。この件について、インドやフィリピン、インドネシアおよびネパールでは近年国外就労を促進するための制度化が進んでいる。その一方、ベトナム、インド、フィリピンで自国から流出したディアスポラの再国民化に向けた政策がとられていることがうかがえる。それだけでなく、とくに一九九〇年代以降のアジアでは、国際労働移動による越境的なネットワークが拡張しており、そこには仲介ビジネス業の越境的な展開も進んでいる。それはヒマラヤ山岳地帯の村からの国際労働移動にも及んでいる。また、とくに専門職の領域では個人のキャリア向上戦略や大学の同窓会等の非営利ネットワークも重要な役割を果たしている。
第三に、政治的不安定や経済的不確実性ゆえに、国家に生活の保障を期待できない場合、家族を国外に送り出して、リスク回避の「保険」をかけるという、いわば私的な生活安全保障の手段としてディアスポラ・ネットワークが展開してきた面がある。それは本書では、とくにパキスタンやバングラデシュ、アフガニスタンの章で論じられている。
第四に、ディアスポラのネットワークが経済発展に貢献するのか否か、紛争解決に貢献するのか、または資金援助等の提供により、かえってそれが紛争長期化の要因となるのかについて、各章に共通する回答を見いだすのは難しい。むしろ、本書の各章から総合的にいえることは、そうしたディアスポラのもちうる政治的、経済的機能や国際関係における役割は、個別の時期と状況によってさまざまに異なるということである。
しかし、本書の多くの章では、ディアスポラからの送金やエンパワーメントの力は大きなものであり、それゆえに政府も近年は政策的な対応を転換してきたことが実証的に論じられている。それは、ディアスポラ・ネットワークという本来的に「国家」への対抗概念である現象に対して、サッセンの概念とは文脈が異なるかもしれないが、国家による「再国民化」の動きであるといえよう。しかし、もし行政がディアスポラからの資金や人的貢献に恒常的に依存するならば、それはむしろ、国境を越えた「政府機能のアウトソーシング」というべき現象であるとも考えられる。
(…後略…)