目次
巻頭のことば 歯止めと希望(松本伊智朗)
特集1●日韓における地域の社会的包摂システムの模索――貧困研究会第2回研究大会共通論題より
共通論題実施にあたって(五石敬路)
韓国におけるホームレス問題と政策課題(金秀顯)
ホームレス支援による居住福祉の試みとインナーシティ再生(水内俊雄)
韓国における非住宅居住民に関する実態調査報告(徐鐘均)
住宅セーフティネット政策について(平山洋介)
韓国における社会的企業の現況と課題(李恩愛)
ビジネスによるホームレス問題の解決――ビッグイシュー日本の試みを通して(佐野章二)
シンポジウムまとめに代えて(村上英吾)
特集2●貧困測定の研究
1.鼎談:貧困率をどうとらえるか(岩田正美/阿部彩/山田篤裕)
2.貧困基準の重なり――OECD相対的貧困基準と生活保護基準の重なりと等価尺度の問題(山田篤裕/四方理人/田中聡一郎/駒村康平)
3.「流動社会」における生活最低限の実証的研究――若年単身者の家計と生活状況調査による検討(貧困研究会・家計調査部会:岩田正美/岩永理恵/鳥山まどか/松本一郎/村上英吾)
シリーズ:貧困研究の課題4 高齢者の貧困と孤立
ひとり暮らし高齢者の貧困と社会的孤立(河合克義)
都市高齢者の「孤立」と地域福祉の課題(黒岩亮子)
この人に聞く 第4回
ありむら潜(西成労働福祉センター職員、漫画家)
――福祉労働者・漫画家の視点から釜ヶ崎の変容を見る(インタビュー:福原宏幸)
投稿論文
大都市「ホームレス」の実態と支援課題――生活保護制度を中心に(後藤広史)
刑務所(刑事施設)出所者の社会復帰のための支援――排除社会からの脱却を目指して(多田庶弘)
書評論文
江口英一・川上昌子著『日本における貧困世帯の量的把握』(柴田謙治)
海外貧困研究動向
イギリス貧困研究の展開と現状(所道彦)
国内貧困研究情報
貧困研究会第2回研究大会報告
(1)第1分科会報告:大阪N地区住民の健康と生活に関する実態調査報告(座長:福原宏幸)
(2)第3分科会報告:大阪地域就労支援事業相談者の貧困と社会的排除(座長:福原宏幸)
(3)自由論題報告要旨
貧困に関する政策および運動情報 2009年7月~2009年12月(村上英吾/五石敬路/鳥山まどか/松本一郎/北川由紀彦)
貧困研究会規約
原稿募集及び投稿規定
編集後記
前書きなど
巻頭のことば 歯止めと希望(松本伊智朗)
先日、長年勤めた職場を異動することになって研究室の整理をしていたら、ロッカーの奥に学生時代の講義レジュメやノートが入った箱を見つけた。なつかしくなってあけてみると、先年なくなられた江口英一先生の集中講義の録音テープが出てきた。引越し作業の手を止めて思わず聞いてみると、いくつかのことを思い出した。
江口先生は戦後日本の貧困研究の第一人者であり、代表的な著作に『現代の「低所得層」―「貧困」研究の方法』(未來社、1979~80年)、『社会福祉と貧困』(法律文化社、1981年)などがある。この集中講義は1980年代後半に北海道大学教育学部で行われたもので、私の記憶ではこの時期に二度ほど講義に来道されている。中央大学をご定年になる前後であった。当時私は北海道大学の大学院生で、先生から直接研究上の指導を頂いていたわけではないが、幸運にも直接講義を受けることができた最後の世代である。集中講義といっても数名の学生と大学院生のゼミ形式のもので、いまから思えば贅沢な数日間であった。
初日の冒頭の出席者の自己紹介でのことである。出席者の中に、研究室の卒業生で少年院の法務教官がいた。江口先生は、その仕事をしていて絶望しませんか、と彼女に尋ねた。もちろん大変なことはたくさんあるし子どもたちの現状も楽観できないけれども、決してそんなことはない、子どもたちもかわいいですし、というのが彼女の答えであった。はあ、そんなもんですかねえと先生は額に手を当ててしばし考え込んで、別にそれ以上話が進むこともなく、次の出席者の自己紹介に話は移っていった。
絶望の反対語は希望である。思うに、貧困の研究をしながら希望を語ることは、なかなか難しい。大学の教師になって最初の年だったか、あなたの講義を聞いていると暗い気持ちになると、ある学生にいわれたことがある。私はハッとして自分の講義と研究の未熟さを恥じたが、かといって名案があるわけでもなかった。やるせなくなる現実と理不尽な社会を前に、無責任な「希望」を示せるほど厚顔でもなかった。
江口先生が恩師の大河内一男氏の著作集に寄稿された、「歯止め」という小文がある。その終わりの一節に、「『歯止め』、それを西洋流にいえば“ミニマム”ということであろう。しかしそのように書くと味もそっけもなくなるようだ。それは『抵抗線』と訳せばよい」とある。集中講義の自己紹介だったか打ち上げの席だったか、そのエッセーが好きだということを申し上げると、私も気に入っているんですよと、少し嬉しそうにされていたのを思い出す。
貧困は、しばしば人を絶望させる。その中での希望がありうるとしたら、「歯止め」の存在を抜きには考えられない。「歯止め」は、貧困に対する人々のさまざまな取り組みから構成される。貧困の研究が直接希望を語ることは簡単ではないが、貧困の研究が広くなされ始めているという事実そのものを希望につなぐことは、可能かもしれない。本誌の役割を、改めて感じている。