目次
序章 本書について
第1節 著述と編集の意図
第2節 著述・編集の方法について
第3節 本書の構成
第1部 戦前期から戦後期への教育実践の接続
第1章 戦前期の発達障害児教育実践の特質
第1節 劣等児等の特別教育の成立
第2節 北海道の特別教育実践の特質
第3節 現代発達障害児等の特別教育実践への視座
第2章 新開拓地北海道における教育開発の胎動
第1節 北海道綜合開發計画と新教育構想
第2節 北海道議会教育常任委員会と「教育立道体制」構想
第3節 「新制大学設置期成会結成趣意書」と特殊教育
第4節 教育委員会発足と初等中等教育体制へ
第5節 新制北海道大学教育学部の創設
第2部 発達障害児教育の成立と展開
第1章 北海道の特殊教育行政施策の変遷
第1節 教育行政方針,学校教育指導の重点等と特殊教育施策
第2節 発達障害児等の実態と就学対策
第3節 教育財政
第4節 教育課程行政
第5節 現職教育及び教員養成
第2章 北大教育学部特殊教育講座の成立と役割
第1節 特殊教育講座の成立と変遷
第2節 特殊教育講座の活動とその役割
第3章 特殊教育研究団体の発足と活動
第1節 北海道特殊教育研究会
第2節 北海道精神遅滞児教育連盟
第3節 北海道教職員組合教研集会「特殊教育部会」
第4節 全国障害者問題研究会北海道支部
第5節 北海道情緒障害教育研究会
第6節 北海道精神薄弱養護学校教育研究協議会
第3部 発達障害児の教育実践
第1章 教育実践の概要
第1節 特殊学級及び養護学校の成立と発展
第2節 児童・生徒の就学実態と進路等の推移
第3節 教育課程とその教育実践の変遷
第2章 特別学級形態形成期の教育課題と実践
第1節 「北海道教育研究大会特殊教育部会」初期の研究報告から
第2節 普通学級における特異児童等への教育
第3章 特殊学級の成立と教育実践の展開
第1節 小学校特別学級の教育実践
第2節 中学校特別学級の教育実践
第3節 北海道学芸大学附属札幌小学校・札幌中学校「ふじのめ学級」の教育
第4章 養護学校の成立と教育実践の展開
第1節 札幌報恩学園養護学校の教育
第2節 北海道札幌養護学校の教育
第3節 北海道白樺養護学校の後期中等教育
第4節 北海道稚内養護学校の教育
第5節 北海道美唄養護学校の教育
第5章 精神薄弱児施設入所児の教育実践
第6章 自閉症など情緒障害児の教育実践
第4部 関連史資料等
第1 戦後北海道発達障害児教育文献目録(1945年~1980年)と解題
第2 主な関係諸団体
第3 戦後北海道における発達障害児教育実践年誌(1945年10月から1980年3月まで)
人名索引
あとがき
前書きなど
あとがき
いつの時代や社会においても,特別支援教育を含めた学校教育の有り様が問われ続けられているのはそれが実証科学であるからであります。我が国における障害児への教育制度は,それまで七障害を対象として特別な教育の場における特殊教育から新たに発達障害を加えて特別な教育的ニーズに応える特別支援教育となりました。しかし,学校教育現場においては,その意図するものは必ずしも浸透されているといえない状況にあります。
それは,筆者が2006年から全国の特別支援学校の教育実践に直に触れて論議する機会から学び得た所感であります。学校教育現場における状況のなかで,異口同音に語られることの一つに,《特別支援教育制度となって教育対象児が拡大され,その指導内容・方法も新たになったことで児童・生徒のアセスメントや個別の指導計画の作成などの対応で大変です》という戸惑いと混迷の言葉で語られております。その戸惑いと混迷に拍車をかけているのは,拙速な特別支援教育制度化と目新しい発達障害児教育関係図書の過剰氾濫にあるように思われます。とはいっても,A県立B特別支援学校などのように,児童・生徒数が多く,しかも,知的障害,自閉症,肢体不自由など多様な児童・生徒が就学しており施設・設備を遣り繰りしながらの学校経営にもかかわらず,学校全体が実に平静で一人一人の「学習=支援」活動を確実に成立させている実践現場も少なくはありません。筆者は,このB校を訪問して一日全校の授業の様子を参観させていただいて,「このようなマンモス校にもかかわらず児童・生徒が落ち着いて生活している」ことに驚き,かつ疑問におもいました。その疑問は,学校参観の後で教育実習生を指導しているときに解明いたしました。それは,教育実習生が本校の指導教官から供された校内実践資料「『学習指導案』作成・活用のための資料」と「個別の指導計画作成の手引き」にありました。B校は,1978年の開校以来,教師一人一人が日常的に詳細で具体的な解説資料を用いて学習者主体の授業実践と研究を進めてきていたのであります。
教育システムや対象児が多様化するといった節目においては,目新しい理論や技法に求める前に,その目新しい理論や技法の成立は教育方法論や臨床心理学等の発展過程においていかにして形成されてきたのか,その源流を理解することが重要であります。特に,教育方法論は,教育学者が教育実践という手続きを抜きにして創りあげたものは論外として,学校教師と教育学者らにより児童・生徒の「学習=支援」活動の成立という事実を素材に検証され構築されていることが要件であります。このような「学習=支援」活動の成立という事実の素材は,先達のすぐれた教育実践記録として残されております。特別支援教育の近未来の問いに応える教育原理は,先達の教育実践のあゆみの中にあることを再認識して学び取る姿勢こそ求められるのであります。先達の残した教育実践は単なる過去の産物ではありません。今日の学校教育の有り様を決定するものが過去であり,その連続性の営為の上に現在があるのであります。このことについては,「賢者は歴史から学ぶ」といわれおりますが,法曹界関係者は法令・例規,判例に関する膨大な史資料を繙いて自らの職務に厳正に活かすとともに専門職としての資質を高める賢者の道を歩んでおります。翻って教育界の動向をみると,大学関係者や学校教師による学会,研究・研修会などは「教育実践の事実」に基づいた論議が皮相的でありますし,況してや教育実践の事実を収集し整理して研究協議したものを公刊するといった認識は低くその実績も多くありません。
知の巨人と称された加藤周一は,《「史」すなわち「歴史」の解釈は,単に過去の個別的な事実を年代的に従った叙述ではなく,前の事実を踏まえて後の事実の生じる一すじの流れ,または,その意味での発展を明らかにしようとする試みである》と述べております。本書は,加藤の指摘する「試み」に向かって北海道の発達障害児教育実践の特質について戦前期から占領期を経て今日までの教育実践の事実をその流れとして描き出そうとしましたが,浅学菲才の一個人による作品づくりとしては制限が多すぎました。
書名を『戦後発達障害児教育実践史』としたのは,拙著の戦前史『発達障害児教育実践史研究』(2006年1月)と占領期史『発達障害児教育実践論』(2005年10月)に同様の書名をつけて三部作としたことと学校における教育実践の基本原理に対する筆者の強い思いがあるからです。それは,学校教育における教育実践は,学習主体者である児童・生徒の「学習活動」と教師或いは支援者による「学習支援活動」との相互作用により成立することが基本であるという至極当たり前のことを着実に取り組みたいからであります。
学校における教育実践の基本原理とは,いかなる時代や社会においても適切な実践を導き出す普遍性を備えていることを意味します。目新しい理論や指導法の適用は,この「学習=支援」活動を確実に成立させるという基本原理を基盤とした実践場面においてのみ効果が期待できるのです。
北海道における精神遅滞や自閉症など発達障害児の教育実践の特質は,戦前期からの教育実践の系譜を受けて形成された基本原理にあると評価されております。そこで,その教育実践の事実資料を整理・検討して教育実践史として斯界に問うことにいたしました。本書が,近未来からの特別支援教育の問いに些かなりとも応えるものがあればと願っております。忌憚のない御指摘をいただければありがたく存じます。
(…後略…)