目次
I 異文化研究の可能性を求めて
自他の境界の在処と研究者の姿勢(山本真弓)
森有礼と北一輝の共通項——非日本語採用という「国家戦略」(臼井裕之)
ヒップホップの想像力とアメリカ現代社会(藤永康政)
II 翻訳学の試み
1.文化、歴史、宗教的概念の翻訳(山本真弓)
自文化を書く−だが、誰のために?——「文化の翻訳」をめぐるネイティヴ人類学徒の挑戦(加藤恵津子)
「東海(トンヘ)」は「日本海」か?——朝鮮語と日本語の視点の差異(山田寛人)
クルアーンをテクストとする解釈学の可能性について(奥田敦)
2.言語芸術、とくに詩歌の翻訳(山本真弓)
翻訳——あるいは虚無を通じた「私たち」の変容(古荘真敬)
谷川俊太郎とウィリアム・オールドの「出会い」と「共鳴」——そして、詩を翻訳する〈不可能性〉について(臼井裕之)
翻訳の検証から見る谷川俊太郎の詩世界(田原)
あとがき
索引
前書きなど
あとがき
本書に収められた各論稿は、『季刊びーぐる 詩の海へ』(第3号)掲載エッセイを除いて、すべて山口大学人文学部異文化交流研究施設刊行の雑誌『異文化研究』創刊号および第2号に掲載されたものがもとになっている。初出のタイトルは以下のとおりである。
自他の境界の在処と研究者の姿勢
森有礼と北一輝の共通項〜非日本語採用という「国家戦略」
ヒップホップの想像力、攪乱される秩序:ポスト公民権時代と黒人社会の(再)分節
(以上、創刊号)
翻訳学の試み:詩歌・歴史・宗教的概念の翻訳をめぐって
「私の研究をわかってもらう」とはどういうことか〜多言語状況における発話と翻訳
「中日戦争」とは何か?〜朝鮮語の翻訳に漢字語の翻訳で生じる問題
クルアーンをテクストとする解釈学の可能性について
「翻訳」について:或いは諸言語の社会性の空隙に生成するものについての試論
谷川俊太郎とウィリアム・オールドの「出会い」と「共鳴」〜そして、詩を翻訳する〈不可能性〉について〜
翻訳の検証から見る谷川俊太郎の詩の世界
(以上、第2号)
加藤、山田、古荘は、本書に収めるにあたって、同じテーマで新たに書き下ろした。臼井論文、藤永論文は一般書に相応しいように注を削り、藤永は大幅に縮めてもいる。奥田、田のものは手を加えずに再録している。
第4号より編集方針が変わることで、学部内の投稿雑誌となった『異文化研究』は、創刊号から第3号までは当時の編集長(纐纈厚)の意向で、共同研究を前提に毎回、特集を編んでいた。そして、特集記事を中心に国内外の研究者や研究者以外の書き手にも原稿を依頼していた。加藤論文の末尾に哀悼の意が記されている故大塚和夫氏(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)にも第3号の特集原稿を依頼していたが、所長職の激務にもかかわらず執筆を快く引き受けて下さった直後に、病に倒れられた。
本書は、海のものとも山のものともわからない新しい雑誌への寄稿を快諾してくださったこれらの方々への感謝の意を込め、同時に、各執筆者の論稿を山口大学の一学部の雑誌に幽閉してしまうのは惜しいという思いで編まれている。
さまざまな言語と言語表現の多様性に魅せられた者にとって、翻訳という概念を中心に据えながら異なる学問分野で活躍する執筆者の論稿を何度も通して読むと、そのたびに新しい気づきや発見があり、本書の編集作業は実に楽しい仕事だった。末尾の索引では、編者が味わった楽しみを少しでも読者に感じていただくべく、若干の工夫を凝らしている。執筆者によって同じ概念を異なる言葉や表記法で表していたり、同じ言葉を用いていても、その意味するものが違っていたりするのだが、わたしたちが常日頃、経験しているはずのそんなあたりまえのことを通して改めて、学問と使用言語の関係について考えることになった。そのため、何度も校正を重ねることになったが、『言語的近代を超えて〜〈多言語状況〉を生きるために』(2004年)に引き続き編集を担当してくださった明石書店の黒田貴史さんは辛抱強くお付き合いくださった。
本書に収録した論稿以外に、ネパール研究の石井溥氏(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所名誉教授)、ろう文化研究の亀井伸孝氏(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)、移民研究のイ・ジンヨン氏(韓国・仁荷大学校)、バングラデシュ研究の高田峰夫氏(広島修道大学)、台湾研究の冨田哲氏(台湾・淡江大学)などが執筆してくださった。このうち、亀井伸孝氏の論稿は加筆修正のうえ、2009年4月刊行の『フィールドワークの技法と実際II』(箕浦康子編著/ミネルヴァ書房)に収められている。また、詩人の谷川俊太郎氏は雑誌『異文化研究』刊行時より、わたしたちの試みに理解を示され、このたびもご自身の詩の掲載を快諾してくださった。
なお、本書の刊行は山口大学学長裁量経費による研究プロジェクト「平和研究と文化研究の融合と多文化共生・理解の方途に関する研究」(代表者・纐纈厚)の成果の一部を成す。本研究プロジェクトが認められた背景には、丸本卓哉学長をはじめ、大学執行部の本研究への熱い支援があったことを感謝の気持ちを込めて記しておきたい。
2009年12月18日 父の一周忌に 山本真弓