目次
序文
要旨
第1章 日本の農政の課題と目的
第1節 農業の変貌
第2節 農業生産の動向と農村経済における農業の役割
第3節 食料消費の動向
第4節 農業労働力と農家構造
第5節 土地利用
第6節 農産物貿易
第2章 日本の農政
第1節 日本の農業支持の概要
1.1 生産者に対する移転
1.2 農業部門に対する一般的支持
第2節 食料安全保障政策及び貿易政策
2.1 食料安全保障政策
2.2 貿易政策
2.3 食品安全及び消費者保護政策
第3節 米政策
3.1 近年の米政策改革
3.2 米に対する生産者支持の変化
3.3 稲作における構造問題
3.4 米価政策及び生産調整政策
第4節 畑作物政策
第5節 農地政策
5.1 近年の農地政策の動き
5.2 農地市場を通じた構造調整
5.3 農地市場における取引費用
5.4 耕作放棄
第6節 畜産政策
6.1 肉用牛政策
6.2 養豚政策
6.3 酪農政策
第7節 園芸政策
第8節 農村政策及び農業環境政策
8.1 農村政策
8.2 農業環境政策
第3章 日本農業と農政改革の方向性
第1節 農政改革の評価
第2節 将来の農政改革に向けた提言
第3節 結論
付録1 日本版PEM(政策評価モデル)のモジュール
1 米の生産調整政策のモデル化
2 生乳の自然プレミアムの特定
3 市場調整の過程
日本に関する基本統計
参考文献
競争力ある日本の農業構造の確立に向けた課題とは何か
表
表1.1 農家規模、1965-2005年
表1.2 労働者1人当たりの純生産額の比較
表1.3 労働生産性の成長率の比較
表1.4 非農家、農家の家計収入の比較
表1.5 土地利用の変化、1960-2005年
表1.6 自給率の変化、1960-2006年
表1.7 主要な農産物の輸入及び輸出、2004-06年
表1.8 主要な農産物貿易相手国、2004-06年
表2.1 OECDによる生産者支持推定額(PSE)分類例
表2.2 名目支持係数(NAC)と名目保護係数(NPC)、日本とOECD平均
表2.3 1986-88年と2005-07年の間でのPSEの変化の要因
表2.4 直接支払いの増額と組み合わせた米の生産調整の改革シナリオ
表2.5 市場価格支持額(MPS)の変化の要因、1986-88年及び2005-07年
表2.6 食料安全保障マニュアルに記載されている緊急的対応
表2.7 食料消費の推移、2006-2012年
表2.8 消費者需要の推移による影響の推計
表2.9 農業部門において適用された最恵国関税保護水準、2006年度
表2.10 関税割当の対象となる農畜産物
表2.11 生産調整による米の生産量、米価及び経済厚生に対する影響の推計
表2.12 畜産農家における平均飼養数、1960-2005年
表2.13 加工原料乳に対する支払い
表2.14 飲用乳の自然価格プレミアムの存在
表A.1 要素費用の割合
図
図1.1 農業が経済に占める割合、1960-2005年
図1.2 農業生産額、1960年及び2005年
図1.3 北海道及び都府県における農業生産構造、2005年
図1.4 異なる規模の農家により耕作された農地の割合、2005年
図1.5 農家分類ごとの農業生産、2005年
図1.6 家計支出における食料消費の割合
図1.7 1人当たり食料供給量の変化、1960-2005年
図1.8 1日当たりカロリー摂取量の変化、1960-2000年
図1.9 年齢グループ別の肥満率の推移
図1.10 将来人口の予測
図1.11 農業労働力の規模と年齢構造、1960-2005年
図1.12 農家分類ごとの農家数
図1.13 農家収入の内訳、2005年
図1.14 土地利用、2005年
図1.15 要因別の農地の年間かい廃面積、1970-2006年
図1.16 耕作放棄面積の推移、1975-2005年
図1.17 農産物輸入の総額と総量、1960-2005年
図2.1 名目生産者保護推定額(Nominal PSE)及びパーセントPSE、1986-2007年
図2.2 OECD諸国におけるパーセントPSE、1986-88年及び2005-07年
図2.3 生産者支持推定額水準(パーセントPSE)及び支持分類ごとの割合、1986-2007年
図2.4 生産者支持推定額(PSE)の内訳、日本及びOECD平均、2005-07年
図2.5 生産者単一品目移転額(SCT)、1986-88年及び2005-07年
図2.6 消費者支持推定額(CSE)、日本及びOECD、1986-88年及び2005-07年
図2.7 一般サービス支持推定額(GSSE)の変化
図2.8 OECD加盟国の総農業支持推定額(TSE)
図2.9 食料自給率目標
図2.10 品目別の自給率目標
図2.11 農産物に対して適用された最恵国関税率、1998-2006年
図2.12 1人当たり米消費量、1960-2006年
図2.13 米の生産量、消費量及び備蓄量
図2.14 水田面積と水田作付面積
図2.15 米価及び市場価格支持額(MPS)、1986-2007年
図2.16 米に対する単一品目移転額(SCT)
図2.17 農家規模別の米生産費(都府県)
図2.18 稲作農家の分類別の収入構造、2006年
図2.19 農家の規模ごとの稲作収入、2006年
図2.20 稲作農家による労働投入量、1960-2005年
図2.21 兼業農家の非農業雇用の形態
図2.22 稲作に従事する農業者の年齢、2005年
図2.23 水田及び畑地の10アール当たり年間維持費用
図2.24 畑作物に対する単一品目移転額(SCT)、1986-88年及び2005-07年
図2.25 分類ごとの農業生産法人数、1970-2005年
図2.26 農地の賃貸借面積、1965-2005年
図2.27 担い手農家による耕作面積、2005年
図2.28 農業収入と利潤(都府県)
図2.29 都市計画地域外における水田価格、2005年
図2.30 細分化された農地の例
図2.31 細分化した農地を耕作する理由として挙げられた点
図2.32 農地保有及び耕作放棄面積に占める非農家の割合
図2.33 畜産物に対する単一品目移転額(SCT)
図2.34 国内における牛肉生産と輸入、1990-2006年
図2.35 肉用子牛に対する不足払い制度
図2.36 牛乳の消費量と価格、1986-2007年
図2.37 牛乳生産の地域構成、2005年
図2.38 分類別の牛乳生産、1975-2006年
図2.39 青果物の生産者名目保護係数(NPC)
図2.40 輸入野菜及び国産野菜の小売価格の比較
図2.41 エコファーマーの認定件数、2000-08年
図2.42 化学肥料及び農薬利用の推定量
図2.43 稲作農家における環境保全慣行の採用
図2.44 稲作農家における肥料及び農薬の購入額
図A.1 生産調整下における農地市場
図A.2 稲作における土地市場の厚生の変化
図A.3 クモの巣モデル
Box
Box1.1 日本の農村コミュニティー
Box1.2 日本の農業統計における農家の定義
Box2.1 食料・農業・農村基本法
Box2.2 政策評価モデル(PEM)
Box2.3 食品表示政策の進展
Box2.4 担い手農家とは何か?
Box2.5 日本における農業協同組合
Box2.6 農業構造及び農業経営の展望
Box2.7 農地の所有規制と農地法
Box2.8 市民農園としての農地利用
Box2.9 水田の多面的機能
前書きなど
要旨
農業は21世紀の日本においても、その役割を果たすものの、多くの課題に直面している。中でも主食であり日本農業の中心となっている稲作にとって、状況は特に厳しいものとなっている。小規模で、しかも細分化された農地が、非農業セクターより高齢で、しかも高齢化の度合いが全体よりも早い農業労働力によって耕作されている。これまでの農業に対する支持と保護の結果、農業は国内の他のセクターや他国との競争力がなく、競争の条件も整っていないと多くの人が感じるような産業になっている。
その一方で、活況を呈している農業部門もある。牛肉に代表される畜産物の生産は力強く成長しており、青果物の生産者も市場における比較優位を用いて成功していることを示す証拠がある。これらの農畜産物は、稲作農家が直面しているような農地の小規模性の問題の影響を受けることが少なく、企業的農家により生産されている。また、これらの農畜産物の輸出は、ここ数年で60%の伸びを示し、今後も増えると期待される。それにもかかわらず、OECD平均からみて、多くの農畜産物が、継続して高い水準の支持と保護を受けている。
近年、日本の政策立案者は、いくつかの重要な補助金を大規模農家向けとすること、また農家の規模拡大をより容易にするための農地制度の改革により、農業セクターの競争性を高めることに注力してきた。これらの政策努力は、日本の農業を競争力のあるものとする過程としては良い出発点であるが、これを成功させるためには、農業部門の効率性と競争力にとって逆効果をもたらす市場の歪曲性の問題に対処したさらなる改革が必要である。農業における競争を妨げる障壁は、まずは国内の農家間で、そして最終的には他の経済部門や国際市場との間でも、低められる必要がある。
市場価格支持額(MPS)は、1986年から39%以上も下落しているとは言え、最も市場歪曲的で農家の所得向上に対して最も効果が小さいと考えられているこの種類の支持が、生産者支持推定額(PSE)で計測された全ての生産者支持の90%以上を占めている。これまでに行われた米の流通自由化に関する段階的な改革は、市場機能を重視した米政策への転換に向けた基礎であり、この次の段階では、米の国内供給を制限する影響を持つ政策の縮小が必要である。最終的には、関税のような価格を基礎とした支持から、土地に基づく直接支払いへの移行により、より少ないコストで農家の所得を向上させることが可能である。このような農業支持構造の転換により、稲作に利用される水田の利用率を高め、より粗放的な生産を促すことにより、農業の環境上の機能を高める効果が期待できる。
農地価格は、土地資源の配分にあたっての重要なシグナルであるが、最も効率的な生産者への農地の流動化を妨げる転用期待その他の阻害要因により、現時点ではこの農地の価格シグナルが十分に機能していない。農地保全の目的は、農地が社会的景観の一部であること、水田が水資源のかん養、食料安全保障の提供といった多くの社会的な役割を果たしていることによるものであるが、農地の保全のための政策は同時に、農地の賃貸借取引の魅力を低める効果を持ち、農地の未利用という結果を招いてきた。農地を保全するという政策目的は、非農業的土地利用と農産物市場の規模を考慮に入れた方法で達成されるべきである。特に、農地の社会的な役割の維持を目的とする政策を、その政策により最も大きな便益をもたらすような農地の区域に重点化して実施することは、まんべんなく農業セクター全体に便益をもたらす政策よりもうまく機能するだろう。
農村地域政策にも、ターゲットを絞ったアプローチが求められている。農村地域における農業セクターの重要性は、農業が地域経済の中でもはや重要な担い手ではないとみなされるところにまで低下してきている。農業セクターにのみ対応した政策により、農村地域経済がより活性化するとは考えられず、また地域開発において農業に依存することは、構造改革により農業の競争力を高めようとする目的との対立を引き起こす恐れがある。
日本は食料供給の大部分を輸入に頼っており、食料安全保障が重要な政策目的となっている。食料安全保障を確保するための主要な方策は、国内生産の効率性を高めること及び安定的な貿易を確保するための貿易協定を締結することの2つである。自給率に数量的な目標を設定することは、政策の進捗状況を評価するために有効だが、これが必要な改革の障壁となってはならない。消費者にとってより競争的な価格付けを国内農産物に行うこと、またフードチェーンの中で余剰廃棄物の量を減らしていくことも、自給率向上につながる。
日本の農業には、より開放された市場においても生き残り、さらに成功するだろうという多くの兆候がある。国内外の市場に対して高品質な特産品を生産する能力こそ、追求され得る比較優位の鍵である。この競争優位性を追求するためには、農業セクターには未だ実現されていない多くの変革すべき部分があるが、将来的に農業がどのような形をとるかを断言することは難しい。日本農業の長期的な成長と競争性を確保するためには、農家に対してより開かれ、競争的な環境で経営を行う機会をより多く提供することが、必要不可欠であることは明らかである。