目次
まえがきと謝辞
序章 何が問題であり、その解決にむけていかに研究すべきか
第1章 アルコール依存社会とアルコール関連問題
第1節 個人の心身におよぼす影響
第2節 アル中、アルコール依存症、アルコール関連問題
第3節 飲むことと酔うことに寛容なアルコール依存社会
第4節 強まるアルコール依存社会
第2章 アメリカ、スウェーデンにおけるアルコール政策の発展
第1節 アメリカとスウェーデンを選ぶ理由
第2節 ヒューズ法とアメリカ
第3節 飲酒とスウェーデン
第4節 現代アメリカのアルコール政策
第5節 現代スウェーデンのアルコール政策
第6節 アメリカ——自由を標榜するゆえに
第7節 スウェーデン——社会的にコントロールする
第8節 ポピュレーション・ストラテジー
第9節 政策フレームの総合化
第10節 社会的責任性という問題
第3章 アルコール問題対策の検証とアルコール基本法案
第1節 アルコール問題対策の戦後小史
第2節 アルコール医療の現状と課題
第3節 アルコール問題対策の評価
第4節 日本の弱点——総量抑制アプローチが採られていない原因
第5節 価格政策の基本原理
第6節 WHOのアルコール専門家によるアルコール政策の評価
第7節 日本におけるアルコール基本法案
第4章 断酒会の役割、その現状と課題
第1節 断酒会の実態と役割
第2節 断酒会の力と苦悩
第3節 断酒誓約再考
第4節 匿名断酒会(AA)の「12のステップ」と断酒会改革の方向性
第5節 「指針と規範」にみる断酒会の課題
第6節 断酒会を規定する創設期
第7節 断酒会とそれを取りまく社会について
終章 脱「アルコール依存社会」とはどんな社会か
あとがき
参考文献
参考URL
前書きなど
あとがき
最近、本書と関係の深い本を読んだ。Marjana MartinicとBarbara Leighの共著であるReasonable Riskである。ここに諸事諸物の一般社会におけるリスク認知の度合いを、縦軸に未知性、横軸に恐怖性をとって表であらわしている。すると、たとえば「核兵器」や「ペスト」、「セスナ機」あるいは「手術室」が非常に恐ろしい対象として表示している。逆に恐ろしくないものとして「アルコール飲料」がでている。つまり、「アルコール飲料」は、未知性と恐怖性の軸でそれぞれマイナスの目盛りにある。これはアメリカでの調査結果であった。アメリカでも「アルコール飲料」は恐ろしくないと大衆は感じているのである。日本でなら、もっと恐ろしくないし、未知性もないと捉えられていることだろう。同書に興味深い記述がある。社会で喧伝されるアルコールの効用はあるにはあるが、それに数倍するリスク(害)が認められている、と結論づけている。差し引きすれば、効用があるということが言えないほどであると同書は述べている。アルコールを多様な観点から研究してきた著者たちがそう結論しているのである。
1994年、カナダのオンタリオ州での調査結果は以下の通りであるという。全飲酒者の14%が、少なくとも1つ以上のアルコール関連問題を報告した。67%は、1つまたはそれ以上の効用を報告した。飲酒者の多数派(58%)は、アルコールは効用とリスクが釣り合っていると報告し、24%はアルコールがリスクよりももっと多くの効用をもたらしていると答え、わずか10%が、アルコールは効用よりもリスクが多いと回答したということである。人間の普通の生活では、酒害の実際的な側面は、しばしば語られなく終わっている、と同書は述べる。結局、客観的科学的にはアルコールは、わずかな効用と多くの害から成り立っている、と断言できるという。あれこれを科学的に冷静に分析すると、飲酒は人びとに最悪のものをもたらすことが多い。大衆における飲酒のリスク認知には、楽観的あるいは希望的なバイアスが入ってくると同書は述べている。したがって大衆のアルコール観は適切でないという。
本書で述べてきたように、国は「健康日本21」を実施中である。(1)1日に平均3合以上を摂取する人を2割削減する、(2)未成年者飲酒をなくす、(3)適正飲酒として、1日平均1合弱である旨の知識を普及させる、というものである。2007年4月に、厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会が、『「健康日本21」の中間報告書』を提出した。(1)について、ベースライン値と中間実績値は調査が異なったため不確かであるとしている。(2)について、中高生調査の結果では飲酒率がいずれもわずかに低下していた。(3)について、男性ではかえって悪化し、女性では少し政策実施の効果がにじみでていた。
厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会は、中間調査結果をふまえて、今後の課題を2点述べている。(1)多量に飲酒する者の割合の2割を削減する、(2)未成年者の飲酒者をゼロにする、としている。
以下は筆者の考えである。酒類販売免許認可には従来、人口基準と距離基準の2つから成る需給調整要件というものがあった。それが段階的に緩和され、2006年8月にそれらが完全に撤廃された。酒類販売免許の自由化である。すなわち、アルコールを市場に多く供給する政策を採ったのである。当然、国民の酒類消費量が増大するはずである。酒類の入手しやすい環境から健康ならびに社会へのコストが増大し、アルコール関連問題が多発する。国民には「健康日本21」政策によって、適正飲酒をよびかけ自己コントロールせよ、と迫りながら、その実メーカー・販売業者には供給の蛇口をゆるめている。大きく矛盾しているのである。国にはアルコール政策全体の整合性を保ってほしいものである。今後、国は明確に総量抑制政策に転じ、多様なアルコール政策の総合化を推進し、そのためにはわが国のアルコール産業でも、「飲酒総量抑制」の方針に対応した政策を採るべきであろう。本書でふれたように、最盛期の酒類自販機は20万台を超えていたが、近年は約6万台に落ち込んでいる。減少の主たる原因は消費者側の反対運動などが根強く、それを勘案する小売店が設置しなくなったからであるという。民間テレビにおける「飲むシーン」大写しの宣伝放送において、最近では若い女性がグイグイとビールなどを飲むようになっている今日、消費者側の適切な意見表明と監視が求められる。
筆者は、国が国民におけるアルコール消費量の抑制に転じ、政策転換を図り、そのために酒類供給面での規制を強化し、具体的に政策の総合化をすすめることが必要だと思う。本書でくり返し述べてきたように、適正飲酒が必要だという知識の普及策だけでは国民の消費量は低下しない。従来の第1次、第2次、第3次予防のフレームではかならずしも効果的ではないので、国は、酒価対策の停滞、小売・広告の規制の遅れ、需要抑止対策のゆるやかさを克服したうえで、入手対策、接近対策、需要抑止対策を盛り込んだ新たなフレームを示しつつ、アルコール関連問題に対応していくべきであろう。
中本新一