目次
はじめに 「移動する子どもたち」をめぐる風景(川上郁雄)
第1部「移動する子どもたち」の主体性を育む実践とは何か
第1章 主体性の年少者日本語教育を考える(川上郁雄)
1.「移動する子どもたち」の窮状
2.子どもの「主体性」をどう捉えるか
3.「子どもの学び」をどう捉えるか
4.JSLの子どもの「ことばの力」をどう捉えるか
5.JSLの子どもの「学び」をどう捉えるか
6.主体性を育む年少者日本語教育の構築をめざして
第2章 JSLの子どもの成長・発達を支えることばの力を育てる——子どもの主体的な学びをデザインする(尾関史)
1.JSLの子どもたちの学び
2.JSLの子どもの成長・発達を支えることば
3.子どもの成長・発達を支えることばの学びのデザインに向けて
4.子どもの成長・発達を支えることばの支援の試み
5.おわりに
第3章 子どもの主体性を重視する年少者日本語教育に向けて——JSL生徒に対する日本語読解支援の分析から(小林美希)
1.はじめに
2.実践の概要
3.事例検討:「内容」と「ことば」を統合した日本語読解支援
4.スキャフォールディングと子どもの主体性による支援の変容
5.子どもの主体性を重視する年少者日本語教育における支援デザインの観点
6.おわりに
第4章 日本語学習初期段階の子どものための「書ける」授業づくり——「発信」を重視したジャンル・アプローチの試み(齋藤恵)
1.はじめに
2.帰国者センターの子どもたち
3.「書ける」授業の模索
4.考察:「書ける」授業をどう作るか
5.結び
第2部「移動する子どもたち」のリテラシーを育てる
第5章 「定住型児童」に対する日本語教育——「書く力」の育成から「学習言語」の育成を考える(東川[三田]祥子)
1.はじめに
2.研究方法
3.「定住型児童」の学習の現状
4.「課題ノート」に書かれた作文の分析
5.まとめと考察
第6章 絵本と対話による「読み書き能力」の育成——JSL教育を必要とする「定住型児童」を対象に(国府田晶子)
1.はじめに
2.JSL教育を必要とする「定住型児童」の言語状況
3.絵本を使用した「読み書き」学習
4.実践結果:児童の学習スタイルと絵本学習による変容の姿の多様性
5.考察:児童をプラス方向へと変容させたもの
6.「読み書き能力」の育成方法
7.おわりに
第7章 「国語科」と「日本語」の連携を目指して——国語科教科書の「リライト教材」による実践(岩本真理子)
1.はじめに
2.実践研究:国語科教科書の「リライト教材」を使用した日本語指導
3.実践結果の分析
4.考察:年少者日本語教育における「国語科」と「日本語」の連携
5.おわりに
第8章 JSL生徒と支援者が共に支えあう関係による日本語支援(裔立苒)
1.はじめに
2.JSL生徒への支援経過
3.実践から見る支援者の関わり方の変化
4.支えあう関係による日本語支援から生徒の「主体的な学び」の意識を促す可能性
5.おわりに
第3部「移動する子どもたち」の「ことばの力」を問う
第9章 語彙の力をどのように育てるか——JSLの子どもの成長を支える語彙教育を目指して(引地麻里)
1.はじめに
2.JSL児童生徒に必要な語彙の力とは何か
3.日本語学級から見えてきたJSL児童の語彙獲得
4.年少者日本語教育における語彙教育への視点
5.おわりに
第10章 学校に通うことができないJSL生徒のことばの学びをどう捉えるか(田邉裕理)
1.はじめに
2.学校に通うことができないJSL生徒の学びを捉える視点
3.学校に通うことができなくなったJSL生徒の「コミュニティ」
4.考察
5.「子どもの世界」を発見する視点
第11章 子どもたちに必要な「ことばの力」とは何か——年少者日本語教育と国語教育の言語能力観から見えてくるもの(古賀和恵・古屋憲章)
1.はじめに
2.年少者日本語教育実践/研究における言語能力観
3.学習指導要領(国語科編)の言語能力観
4.JSLカリキュラムの言語能力観
5.対象となる子どもによる言語能力観の共通点と相違点
6.私たちにとってJSLの子どもに必要な「ことばの力」とは何か
7.子どもたちの「これから」を見据えて
あとがき——Children Crossing Borders(CCB)の未来へ向けて(川上郁雄)
執筆者紹介
前書きなど
はじめに 「移動する子どもたち」をめぐる風景
(…前略…)
本書の構成は以下のとおりである。
第1部のテーマは「『移動する子どもたち』の主体性を育む実践とは何か」である。本書の編者である川上郁雄論文(第1章)では、本書のテーマである「移動する子どもたち」の主体性を育む年少者日本語教育実践とは何かについて、これまでの関連領域における議論を踏まえつつ、年少者日本語教育学の視点で新たに検討した。
続く尾関史論文(第2章)では、JSL(Japanese as a Second Language:第二言語としての日本語)の子どもの成長・発達を支える「ことばの力」を育むために「子どもの主体的な学び」をどのようにデザインするかについて、小学校における「移動する子ども」への日本語支援の実践を踏まえて論じている。
小林美希論文(第3章)では、中学校に在籍するJSL生徒に対する日本語読解支援を通じて、「子どもの主体性」を重視する指導をどう行ったのかについて論じた。受験を目指した中学3年生とともに学んだ論説文の読解から年少者日本語教育学の実践のあり方を考察した。
齋藤恵論文(第4章)は、中国から来た子どもたちで、初期指導段階の子どもへの「書くこと」をテーマにした授業実践を論じている。考えていること、伝えたいことを他者へ向けて「発信」するという文脈をつくり、子ども自身が主体的に書くことを試みるように指導する「ジャンル・アプローチの試み」について実践をもとに論じている。
続く第2部では、「移動する子どもたち」に必要なリテラシーとは何かをめぐり、四つの論文が実践を踏まえて論じている。このテーマは、近年増加傾向にある日本生まれの「外国につながる子どもたち」、いわゆる「定住型児童」の課題としても注目されるテーマである。「定住型児童」は、日本生まれのために小学校入学時には日本語を母語とする子どもたちと変わらないほどよく話すが、学年が進むにつれ、特に「読む力」、「書く力」の弱さが目立つ子どもたちであり、支援が必要な子どもたちである。
東川(三田)祥子論文(第5章)では、このような「定住型児童」に対する日本語教育の実践として、特に「書く力」の育成について論じている。「読む力」と並行して「書く力」の育成は、在籍クラスでの「学び」に参加するための学習言語能力の育成へ繋がる重要なテーマである。
国府田晶子論文(第6章)は、そのような「定住型児童」に絵本の読み聞かせをし、その内容について実践者が子どもたちと対話しながら「読み書き能力」の育成を試みた実践について論じている。東川論文、国府田論文ともに、小学校での実践をもとに論じている。
岩本真理子論文(第7章)と裔立苒論文(第8章)は、中学生のJSL生徒のリテラシーとその育成について論じている。岩本論文では在籍クラスで使用する国語科教科書の単元を自ら書き直した「リライト教材」を利用した指導を論じている。たとえ在籍クラスから「取り出し」た個人指導でも在籍クラスの「学び」に繋げることで生徒の学習意欲と必要な「ことばの力」を育てることができることを論じた。また裔論文では、中国語を母語とする実践者が母語も日本語も使用しながら、徐々に日本語の力を育成することを試みている。それは、母語を使用することによって生徒とのラポール関係を構築しつつ、日本語の力を育成するための方法論を、実践者自らの視点や考え方の変容も含め、生徒とともに作り上げていくことについて、具体的な実践をもとに論じた。
最後の第3部では、あらためて「移動する子どもたち」の「ことばの力」を問うことをテーマに三つの論文を配した。
引地麻里論文(第9章)は、JSLの子どもの日本語能力において最も重要な要素で大きな位置を占める語彙の問題について論じている。ひらがな、カタカナ、漢字と日本語の表記や種類の多さと複雑さは、子どもたちにとって大きな負担となっている。母語話者の子どもたちと比べると、圧倒的に語彙の少ないJSLの子どもに語彙をどのように獲得させていくのか、またその指導方法についてどう考えたらよいのか。この課題に引地は、小学校での観察調査をもとに子どもの発達と成長を軸に論じている。
田邉裕理論文(第10章)は、中学生のJSL生徒が「ことばの力」を獲得するために必要な環境に注目する。中学生という多感な時期の子どもにとって第二言語である日本語を学んだり、日本語を使って在籍クラスで学んだりするために何が必要なのかを、学校に行かなくなったJSL生徒への関わりをもとに論じた。
古賀和恵・古屋憲章論文(第11章)は、日本語を母語としない子ども(JSLの子ども)への日本語教育と日本語を母語とする子どもへの国語教育ではどのような「ことばの力」の育成を考えているのかを歴史的考察もふくめて真正面から論じている。この論文は、JSLの子どもへの日本語支援を行う側の言語能力観への問いかけとも言えよう。
(…後略…)