目次
凡例
序文(笹川紀勝)
解題(李泰鎮・笹川紀勝)
I 歴史
第一章 韓国併合前史の問題——国際法受容の実際、世界の植民地化の動き
1 一九世紀韓国の国際法受容と中国との伝統的関係清算のための闘争(李泰鎮)
2 一八九九年韓清通商条約締結と大韓帝国——条約締結の手続きと争点を中心として(殷丁泰)
3 一つの不法な「戦争行為」——アメリカのハワイ王国侵略(エドワード・J・シュルツ)
第二章 韓国併合の強制の問題——条約締結過程、日本の軍隊の役割
1 一九〇四〜一九一〇年、韓国国権侵奪条約の手続き上の不法性(李泰鎮)
2 一次史料から見た「乙巳五条約」の強制調印過程(康成銀)
3 一九〇五年「保護条約」における高宗皇帝協商指示説への批判(李泰鎮)
4 韓国「保護国」化過程における軍事と外交(荒井信一)
第三章 韓国併合と国際政治の問題——国際法を実践する「文明国」日本、ルーズベルト大統領
1 日本の対韓外交と国際法実践(荒井信一)
2 日露戦争におけるルーズベルト大統領とポーツマス講和会議の問題(キャロル・キャメロン・ショー)
第四章 韓国併合をめぐる抵抗の問題
1 主権守護外交の終焉と復活——ハーグ密使派遣・急逝・独立運動(金基ソク)
2 朝鮮民族の挙族的な反日抗拒と旧「条約」の無効性に対する歴史的実証(李宗鉉)
3 「乙巳五条約」の非法性(鄭南用)
II 国際法
第五章 韓国併合と国際法の問題——国際法の観点、国家論と国際法委員会、強制無効の事例の比較
1 日本の韓国併合に対する国際法的考察(白忠鉉)
2 国際条約法上の強迫理論の再検討——日本の韓国併合と関連して(李根寛)
3 日本の韓国併合と米国のハワイ占領との比較(ジョン・M・ヴァンダイク)
第六章 韓国併合と日本の学説の問題——正当化論の批判的検討
1 伝統的国際法時代における日韓旧条約(一九〇四〜一九一〇)——条約強制をめぐる法的な論争点(笹川紀勝)
2 ハーバード草案のとらえるグロチウスとマルテンス——代表者への条約強制無効の法理の特徴を示すために(笹川紀勝)
3 代表者への条約強制無効——二つの事件:ポーランド分割条約と韓国保護条約の比較研究(笹川紀勝)
4 ヒトラーの条約強制と現代的な「国家に対する強制」——韓国保護条約の位置付けのために(笹川紀勝)
5 「韓国併合有効・不当論」を問う(金鳳珍)
III 日韓関係の課題——歴史と法
第七章 歴史意識の問題
1 歴史意識と日韓関係(池明観)
2 日本の近現代天皇制に関する法史学的考察(金昌禄)
第八章 日韓関係の問題
1 一九六五年「韓日条約」に対する法的再検討(金昌禄)
2 日韓財産請求権問題の再考——脱植民地主義の視角から(太田修)
3 文化財問題と竹島=独島問題(高崎宗司)
4 竹島/独島の法的諸問題(ジョン・M・ヴァンダイク)
あとがき(笹川紀勝)
編著者・執筆者・訳者紹介
前書きなど
序文(一部抜粋)
一 本書の目的
本書の目的は、韓国併合の中に潜む問題点を探ることであって、韓国併合を正当化しようとするものではない(本書で用いる「韓国併合」は、狭義の意味の「韓国併合条約」「第二次日韓協約」「韓国保護条約」「乙巳条約」を包括する広義の意味である)。恐らく、論文執筆者たちは、不愉快であっても、また、避けたいことであっても、真実から眼をそむけるべきではないと信じている。しかも、事実を事実として認識することなくして日本と大韓民国(韓国)・朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との和解はなく、未来の友好関係はそこからしか開かれないであろうと考えている。
そして、本書は、日本による韓国併合を歴史と国際法の観点から再検討するために国際的に共同して研究者が種々研究したところの成果であり、読者に研究成果の出来具合を判断してもらいたいと願っている。いつか、本書を補充し新展開を示す論文によって新たな著書が公刊されるであろう。
そして、本書は、これまでの研究成果を整理するために、章と節によっていくつかの柱立てをした。その結果本書の企画段階で、体系的な構成のために必要なところがいくつか見つかった。そこで、これまで共同研究に参加していなかった方々に執筆・掲載を依頼した。これまで、共同研究を遂行するためには多額の経費がかかるので、国内外から優れた学者をたくさん招くことは許されなかったからである。それにもかかわらず共同研究者と依頼を受け容れてくれた協力者の友情・尊敬・交流・献身によって重要な論点はかなりカバーされたと思う。
(…略…)
二 本書の成り立ち
本書の成り立ちや性格についていくつか読者にお話ししたい。
第一に、発端は、雑誌『世界』(岩波書店)が、一九九八年から二〇〇〇年まで、李泰鎮・坂元茂樹・笹川紀勝・海野福寿・荒井信一の論文を順次掲載して、日韓の対話を促したことにあった。この雑誌の対話は、ハーバード大学の四つの研究所(韓国研究所、アジア・センター、北東アジア法学研究プログラム、ハーバード・エンチン研究所)の注目するところとなり、同研究所は二〇〇〇年一〇月に世界の研究者に以下のタイトルの会議開催を呼びかけた。すなわち、そのタイトルは「歴史的国際法的観点からの日本の韓国併合再検討」(A Reconsideration of Japanese Annexation of Korea from the Historical and International Law Perspectives)であった。この会議は、以下便宜上「ハーバード会議」と呼ぶ。第一回ハーバード会議は二〇〇一年一月にハワイのホノルルで開かれた。第二回ハーバード会議は同年四月に東京の多摩で開かれた。第三回ハーバード会議は、九・一一後の騒然とした中で、一一月ハーバード大学のあるケンブリッジで開かれた。なお、同会議では、提出されたペーパーを含む報告書も会議録も作成されなかった。そのために振り返ってみると、(どこかにあるそして誰かが知っている)提出されたペーパーや口頭報告の不明があるし、参加者の数もはっきりしない。おそらく第一回・第二回では二〇から三〇名、第三回では五〇名程度の参加者がいたであろう。そして、日本側の取りまとめは、衛藤瀋吉(東洋英和女学院院長)と平野健一郎(早稲田大学政治経済学部教授)であった。研究助成は、第一回ハーバード会議では、韓国学術振興財団、韓国国際交流財団からあった。第二回ハーバード会議については、韓国学術振興財団、韓国国際交流財団、大阪経済法科大学、日韓文化財団、住友財団からあった。第三回ハーバード会議については、ハーバード大学の四つの研究所より若干の援助があった。
第二に、第二回ハーバード会議と第三回ハーバード会議で、国際法専攻の故白忠鉉(ソウル大学名誉教授、二〇〇七年逝去)が、解釈の相違はかまわないがどこで意見が異なるか共通の資料を確認したいと発言し、研究成果として英語論文集と資料集の発行を提案した。会議参加者は賛成した。ところが、第三回ハーバード会議後議論の継続を図る具体的な動きは起きなかった。そこで筆者は、参加者に問いかけたところ、何人かの韓国の学者たちはハーバード会議の研究を継承することを条件とし、また何人かの日本の学者たちもその継承に賛意を表したので、筆者は日本の学術振興会に研究助成を申請した。しかし申請は採択されなかった。
次に、二〇〇三年筆者の前任校であった国際基督教大学がCOEを受けた。全体のテーマは「『平和・安全・共生』研究教育の形成と展開」であった。その中に筆者の担当する二つのプロジェクトがあった。一つはハーバード会議の継承にかかわるもの、もう一つは植民地法制にかかわるものであった(国際基督教大学二一世紀COEプログラム『「平和・安全・共生」研究教育の形成と展開——最終報告』(二〇〇八年三月)二六頁以下、一二八頁以下参照)。前者のプロジェクトのための国際会議についていえば、国際基督教大学COEの第一年度には熱海会議(第一回ハーバード会議から通算では第四回目)が二〇〇四年一月に開かれた。COEの第二年度には第一回ソウル会議(通算では第五回目)が二〇〇四年一〇月に開かれた。第三年度にはカイワイ会議(通算では第六回目)が二〇〇五年一月ハワイのカイワイ島で開かれた。以上のCOEの第一〜三回会議では会議録を含む報告書が作成された。COEは三年間の助成であったことと筆者の現在の勤務校である明治大学への異動によって、二〇〇五年四月からCOEによる国際会議の開催は無理になった。そこで、李泰鎮のもとで、二〇〇五年六月に韓国の高陽市にあるキンテックス(Kintex)会議場でキンテックス会議(通算では第七回目)が開催され、報告書が作成された。その後二〇〇六年一二月明治大学を会場として東京会議(通算では第八回目)が開催された。そして、李泰鎮のもとで、二〇〇七年八月に第二回ソウル会議(通算では第九回目)が開催され、その折りに、これまでの一定の研究成果を出版する案が提案され了解された。
(…後略…)