目次
はじめに
序章 アメリカ社会の宗教性
I 部 宗教右派の熱烈なイスラエル支援
1章 クリスチャン・シオニズムの高まり
1 宗教がからむイスラエル・パレスチナ紛争
2 イスラエルの存続とクリスチャンの義務
3 置換神学とメシアニック・ジュー
2章 クリスチャン・シオニズムと宗教右派
1 シオニズムの背景と神の意志
2 クリスチャン・シオニズムの評価
3 イスラエルとパレスチナはどうなるか
4 エバンジェリカルの変化
II 部 妊娠中絶をめぐる神学論争
3章 政治問題としての妊娠中絶
1 最高裁の中絶合法化判決をめぐる対立
2 中絶権は守れるか
3 連邦議会による中絶規制
4 今後の中絶論争
5 外交問題となった中絶
4章 聖書からみた妊娠中絶問題
1 聖書以前の生命観と中絶観
2 中絶に関する聖句
3 中絶に対する教会の立場
III 部 神は同性愛を認めるか
5章 同性結婚の禁止を目指す宗教右派
1 政治・社会問題となった同性愛
2 同性結婚を禁止する合衆国憲法修正
6章 聖書と同性愛
1 同性愛を禁ずる聖句
2 同性愛反対派と擁護派の聖書解釈
3 同性愛の受容と禁止の歴史
4 同性愛をめぐる教会の動き
5 信仰で同性愛を変えられるか
おわりに
注
図表一覧
索引
前書きなど
はじめに(一部抜粋)
(…前略…)
世界で唯一の超大国アメリカでは、国民の九割前後が神を信じている。このような先進工業国はほかにはない。国の最高権力者の大統領は当然、信仰を問われる。大統領に強い信仰心を求める人は約七割である。聖書の正しさを信じ、それを生活の基本にしている信仰心の厚いエバンジェリカル(福音主義者)ではなんと九割である。宗教的背景をもった建国の歴史ゆえに、独立宣言、合衆国憲法、エイブラハム・リンカン大統領のゲティスバーグ演説は、公的信仰の聖典ともいわれている。国民を政治的、宗教的に統合し、国民が自らの歴史的使命を全うするために、いつでも神の祝福を受け、自由に神を呼び寄せるようにするための誓約となっているといわれる。このような指導者と国民からなる国家は、憲法で政教分離を定めていても、宗教的な色彩の濃い社会となるのは当然である。
宗教右派の立場からは、国際政治においても国内政治においても、ものごとを善と悪に峻別する二元論で見ることが多い。本書では、イスラエルを支援する宗教右派の運動としてクリスチャン・シオニズムを取り上げ、一般メディアではほとんど取り上げられない宗教右派の外交への影響力を考察した。アメリカとイスラエルの特殊な関係が継続するかぎり、パレスチナとの領土的解決は望めそうもない。当事国を含めて多国間での交渉が進展しない大きな理由の一つは、両者とも一神教の聖典である聖書とコーランに忠実な信仰心の厚い民族であるからだ。外交交渉で必要な妥協が困難になっている。第三者であるアメリカの宗教右派が、これまた神学的理由から妥協を拒否するよう政府に圧力をかけている。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の三大宗教が複雑にからんでいるのだ。
国内問題でも多くの争点が宗教と関係しているが、本書ではもっとも大きな政治問題として国論を二分している妊娠中絶と同性愛を取り上げた。ローマ・カトリックを別とすれば、ヨーロッパの先進国では、アメリカのような宗教がらみの問題としてよりも、人権問題として肯定的に見る国が多い。中絶の合法化は国際社会の大きな流れであるし、同性愛も結婚を含めて差別禁止の対象となっており、宗教が大きな障害になっているところはあまりない。アメリカではなぜ、きわめて個人的な道徳・倫理問題として、そして基本的な人権問題として、中絶や同性愛を考えることができないのだろうかについて考えてみた。
書名にある「神の国」は、聖書で述べられている神の国ではなく、先進国でありながらあまりにも宗教的な国であることを強調する表現であり、「論理」は信仰にとらわれた発想という意味である。大統領選挙で反キリスト論が出たことは、神の国における二大政党の政権争いとともに、善と悪の戦いという聖書的な様相も呈してきたといえるのではないか。