目次
                    
 はしがき
6年生の歴史
7年生の歴史
8年生の歴史
9年生の歴史
 付録 ベトナムの教育の現況
 おわりに
監訳者・訳者紹介
                 
                
                    前書きなど
                    はしがき
 近年、「東アジア共同体」の形成について議論されることが多くなった。経済分野が先走っている話ではあるが、昨今の「東アジア」の人的交流の拡大ぶりを見るにつけ、あながち夢物語ではないような気がしてくる。しかし「東アジア」の域内交流は以前と比べると格段に高まってきているものの、EUのように地域統合を具体的に目指すまでにはいたっていないのが実状である。ほぼキリスト教圏ともいえるEUとは違って「東アジア」の場合は文化的・宗教的にも多様であり、経済発展レベルや体制の異なる国々が含まれている。また第二次世界大戦などの「戦争の記憶」による国家間の深い溝がそのような動きの障害ともなっている。「東アジア」ははたして一つの「共同体」としての価値観や歴史認識を醸成し共有することはできるのか、その可能性に疑問符がつけられているのも不思議ではない。その困難な課題に挑む努力として、日中韓の3国の間では、有識者による歴史の共同研究や共通歴史教材の編纂などが進められているが、フランスとドイツに見られるような共同の教科書づくりまでにはまだ道はなお遠い感じである。このように日中韓3国の取り組みは着手されているが、「東アジア」の中でもベトナムをはじめとする東南アジア諸国との間ではそのような取り組みはされてはいない。筆者は単に日中韓3国のみではなく、東南アジアを含む広義の「東アジア」で歴史認識の問題を考えてみる必要性があるのではないかとかねがね思っている。第二次世界大戦のこと(とくに太平洋戦争について)など、ベトナムをはじめ東南アジアの国々の歴史教科書では比較的大きく取り上げて学習しているのに対し、日本の教科書では少なく、この点で東南アジア諸国と日本は非対称的でその歴史認識のギャップが懸念される。われわれは「東アジア」の国々の歴史教科書の実態をもっと知り、日本の歴史教科書を見直していく必要があるのではなかろうか。その意味で、今回、明石書店の世界の歴史教科書翻訳シリーズにベトナムを加えさせていただき、日本の読者の皆さんにベトナム中学校歴史教科書をご紹介できるのは非常に大きな喜びである。
 本書は、2002年から改訂され始めたベトナムの中学校歴史教科書を全訳したものである。ベトナムの教育制度は、5・4・3制であり、中学校は6年生から9年生までの4年間である。ベトナムの中学校では「歴史」は独立した学科となっており、6年生から9年生まで各学年でそれぞれ学習することになっていて、教科書も学年ごとに1冊ずつある。ベトナムでは教科書は「国定」の教科書が1種類あるだけで、全国の中学生のすべてが同一の教科書で学んでいる。仄聞するところでは、明石書店の世界の歴史教科書翻訳シリーズでも、既刊されているものすべてが必ずしも全訳ではなく、自国史の部分だけ翻訳したものもあるようである。本書では、文字通り全訳されていて、1.自国史であるベトナム史の部分だけではなく、世界史の部分も翻訳しており、2.教科書の本文は無論のこと、設問や注釈、用語解説なども漏れなく翻訳している。図表なども省略することなくすべて網羅している。そのため読者の皆さんは、本書を通してベトナムの中学校の歴史教科書の全貌を見渡すことが可能となっている。ベトナムの中学校の歴史教科書を翻訳したものはこれまでにも存在するが、管見の限りでは、世界史の部分まで含めて丸ごと完全に翻訳したのは本書が初めてではないかと思われる。
 ベトナムの中学校の歴史教科書(全4冊)は、日本の中学校の歴史教科書(全1冊)と比べるとボリュームが多く、世界史の記述もより詳しい。日本の中学校歴史教科書はだいたい220〜240ページ台になっているが(東京書籍版225ページ、日本書籍新社版243ページなど)、ベトナムでは6年生(83ページ)、7年生(160ページ)、8年生(160ページ)、9年生(192ページ)で合計595ページとなっている。また日本の教科書は、ほぼ古代、中世、近世、近代、現代といった構成になっているが、ベトナムでは各学年別に、6年生で古代史、7年生で中世史、8年生で近代史と1945年までの現代史、9年生で現代史を扱い、各学年の前半は世界史、後半はベトナム史を学ぶようになっている。
(…後略…)