目次
第1部 1585-1865
プロローグ アメリカはどんなふうに見つかったのか
第1章 イギリスによる植民
第2章 新植民地とヒヨコ
第3章 成長した植民地は何で生計を立てるか
第4章 大国も小さなビーバーから
第5章 銃を片手に幸福を追求
第6章 靴、神話、合衆国憲法など
第7章 ジェファソン氏、政党をつくる
第8章 「明白な運命」——先住民も森も根こそぎ
第9章 鉄道と「地下鉄道」
第10章 南北戦争が起こった理由は…
第2部 1865-1991
第2部まえがき
第11章 破壊と再建
第12章 鉄道が駆けめぐる
第13章 労働者の苦しみ
第14章 革新主義はアメリカを救ったか
第15章 戦争と平和とウォーレン・ハーディング
第16章 大恐慌に対するショック療法
第17章 まぶしき、白き光
第18章 今ごろ革命?
第19章 それからずっと幸せに暮らしましたとさ
監修者あとがき
参考文献
索引
前書きなど
監修者あとがき
著者のラリー・ゴニック(1946〜)は1977年以来、「漫画」を通して、知識・情報の伝達に貢献することに努め、歴史、科学と彼のカバーする領域は広い。単独で作品(単行本・コラムなど)を発表することが多いが、化学、遺伝学、物理学について、共著の形で漫画という媒体を通したガイドブックを数多く出している。本書はそのようなゴニックの作品のひとつで、メイフラワー号のプリマス上陸(1620年)以前より始まったイギリスによる北アメリカ大陸での植民地建設から、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領政権の下でのイラクに対する攻撃(湾岸戦争、1991年1月17日空爆開始、同年3月3日暫定停戦協定成立)までを扱った「漫画版」アメリカ合衆国史である。
漫画とはいえ、400年のアメリカ合衆国の歴史を周到なリサーチと確かな視点に基づいて描こうとする著者の意図は伝わってくる。漫画は視覚に訴え、読者の反応を感覚的に呼び起こすことを容易にする。そして、本書執筆時点での作者自身の解釈を投入することを可能にする。その際、各事件を厳密に時系列的に追うことには執着しない。たとえば独立戦争である。1783年にパリ講和条約が結ばれ、植民地の独立が承認される一方、イギリス本国は継続してカナダを保有することが定められた。
筆者は、アメリカ植民地の独立は「奴隷」および「ヴェトナム戦争に反対する者」にとって「幸運なことだった」と記述しているが(96ページ)、ここには明らかに論理の飛躍がある。確かに、アメリカ南北戦争(1861—65年)前に、奴隷制のないカナダに逃げることによって多くの奴隷は自由を獲得したのであった。またヴェトナム戦争(1964—73年)に反対した多くの若者たちが、徴兵を逃れ、カナダに移ったというのも事実である。しかし、これら3つの出来事の間に関連性はなく、「カナダ」の存在がアメリカ合衆国および国民にとって少なからぬ意味を有していたことを想起して初めて著者の言おうとしていることが読者に伝わる。漫画はこのような「論理の飛躍」を許容し、歴史的意義の理解という作業を読者にとって身近なものにする。
歴史書として本書は一貫して、人種的・民族的少数派および女性等がアメリカ合衆国の歴史を通じて劣等な地位に置かれてきたこと、そして、この植民地建設以来の400年の間(独立以来ならば、200年余の間)に、その劣等な社会的地位の是正を求めての闘いが継続され、顕著な成果が勝ち取られたことを浮き彫りにする。他方、当初予期されなかった問題が多く起こっていることが指摘されている(たとえば、環境破壊、人種・肌の色・宗教・目立った外見的な特徴のために特定の人を標的とする犯罪[ヘイト・クライム]の発生、プライバシーの侵害[独立宣言をもじって、技術の進歩がもたらす「生命・身体・プライバシーへの脅威」と筆者は言っている(382ページ)]など)。これらは繁栄、民主主義の台頭、国際的地位の向上と並んで、アメリカ合衆国の400年の歴史の産物であると同時に、国民各自が自覚しなければならない課題である。
漫画とはいっても、本書で提起されている内容はいずれも重い。しかし原書が1991年に刊行されたものであるために、それ以後起こった大きな事件のいくつかについての言及は限られている。
オクラホマ・シティーではオクラホマ連邦ビル爆破事件(1995年4月、死者168名)が起こった。コロラド州コロンバイン高校における同校生徒による銃撃事件(1999年4月、死者13名)や、つい最近では2007年4月16日にヴァージニア工科大学で銃乱射事件(死者32名)が起こった。
また、2001年12月に破綻に追い込まれた大手IT企業エンロン社の不正経理・不正取引(スキャンダル)が、損失隠しに加え、政界への巨額の献金(特に共和党に対しての)と相まって、企業倫理への信頼を貶めた。
1991年以後の出来事で、おそらく最も衝撃的なことは、「同時多発テロ事件」(2001年9月11日、いわゆる“9/11”)であろう。いずれも西海岸(ロサンゼルス、サンフランシスコ)行きの4機の飛行機(アメリカン航空11便、ユナイテッド航空175便、アメリカン航空77便、ユナイテッド航空93便)が、同日朝、離陸後アラブ過激派によって乗っ取られ、うち2機がニューヨーク世界貿易センター、1機がアメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)に突っ込み、1機がペンシルヴァニア州シャンクスヴィル(首都ワシントン北西約240キロ)の畑に墜落した。犠牲者は乗務員、乗客、職員、救護活動中の消防士、実行犯などを含め3000名を超えた。
イラク侵攻はこの「同時多発テロ事件」が引き金となって、アメリカ合衆国を主体にイギリス・オーストラリアなどが加わり、2003年3月20日に始まったものである。その時の「大義名分」=大量破壊兵器の探索やイラク復興支援がどのような成果をもたらしたか、武装勢力の強い反対とアメリカ兵の戦死者数の増加は国内世論にどのような影響を及ぼしたかについて、依然流動的な要素があるが、アメリカ合衆国史全体のコンテクストの中で筆者はどのような解釈を展開するであろうか。読者としては深い興味を持つ点である。
アメリカ社会においては人種的・性的平等の追求は理想としてある。同社会はますます多人種・多民族の様相を増し、女性の進出も目立つ。2004年の大統領選挙ではジョージ・W・ブッシュはかろうじて再選をかちえた。しかしイラク戦争の不人気から支持率は低下し、2008年には共和党から民主党への政権交替はありうるというのが現在の大方の予想である。その時に「初めての女性大統領」(ヒラリー・クリントン)が生まれるか、「初めての黒人大統領」(バラク・オバマ)が生まれるか、大いに注目されている。2006年の中間選挙の結果、連邦議会下院議長にナンシー・ペロシ(イタリア系、カリフォルニア州第8選挙区)が選ばれた。大統領職後継順位は副大統領につぐ)。このような変化の意義を本書の筆者はどのように漫画で描くであろうか。約800メートルしか離れていない仕事場に行くのにも車に乗って行くことに「環境に悪いよなあ」と著者は書いている。皮肉を込めたユーモアである。このことも含め、アメリカ合衆国史の課題について著者と共に考えることが、本書を読む者全員が感じる課題であろう。
2007年10月10日 明石紀雄