前書きなど
はじめに
フィンランドに学ぶ安心と平等
(社)全国私立保育園連盟・保育国際交流運営委員会では、「子どもの生きる力——意欲が育つ保育現場の実践を探る」というテーマで、2006年秋にフィンランド保育体験研修を実施しました。
そもそも人口約527万人の国・フィンランドが世界的に注目を浴びるようになったきっかけは、OECD(経済協力開発機構)の2003年の生徒の学習到達度調査(PISA)で、日本の学力が世界のトップから転落した、と報道されたのとは対照的に、フィンランドが読解力と科学的リテラシーで1位、総合成績でも1位という結果が、世界を駆けめぐったことによります。あわてた文部科学大臣は競争を強化することを表明、いわゆる「ゆとり教育」を改め、学習指導要領の見直しに至った経緯は記憶に新しいことと思います。
しかし、この国際調査が測定しようとしたのは旧来の「学力」ではなく、これからの時代に求められる知識と能力。そのメソッドを求めて躍起になる教育関係者とは一線を画して、私たちは、フィンランドの子どもたちの「学力」を支える、就学前のとりくみをひもといていきたいと思います。
フィンランドの保育園と交流実習をしていていちばん印象に残っているのが、数人の子どもが呼ばれ「自分語り」をする時間です。昨日の出来事や家族の話、いちばんうれしかったことや悲しかったことなど、30分ほども延々と静かな語りが続きます。そこで保育者は、子どもたちが意見をいえば「どうしてそう思ったの?」とたずね、子どもたちが感想をいえば「どうしてそう感じたの?」と、聞き返します。
ちょうどそれは、禅問答で自己開示をしていくような感覚。「ミクシ(どうして?)」ということばは、フィンランドの保育・教育分野では、いちばんポピュラーでたいせつなキーワードであると感じました。
フィンランドから何を学ぶのか——私は秩序ある社会を支えるための「安心」と「平等」ということばに集約されると思います。この2つのことばは、この本のなかにくり返し登場します。この国の人々がきょうまでたいせつにしてきた「共同(コラボレーション)」と「普遍主義(ユニバーサリズム)」の飽くなき追求の賜物であるこの2つの概念は、これからの時代の保育・教育に求められる座標軸であると感じています。
そこで描かれる新たなベクトルの原点は、「わからないことに気づくこと」。わからないことで劣等感を抱かせるのではなく、わからないからこそ真摯(しんし)に向かい合うのが保育者・教育者の役割。保育・教育現場における真の平等の実現が、新しい時代の学力を育みます。くり返しくり返し、ゆっくりとゆっくりと。時間をかければできるという安心感を与え続けることが、私たちの使命です。
本書が、フィンランドの子育て・保育についてのよりいっそうの関心を高め、私たちが直面する諸問題に対して対症療法ではなく、本質的なとりくみを示唆する手引きとなることを心から願っています。
2007年6月
(社)全国私立保育園連盟・保育国際交流運営委員会
フィンランド保育体験研修団長 菱川広昭