目次
はじめに
地域概要/モロッコ地図/モロッコ史略年表
1 生態的多様性と豊かな自然の恵み
第1章 多様な気候と風土——アトラスの賜物
第2章 農業問題——マグリブでもっとも豊かな農業
第3章 リン鉱石——世界でもっとも豊かな資源
第4章 アルガンの木とアルガン油——ベルベル人の宝物
第5章 日本の食卓を飾るモロッコ産食材——タコの輸入量が日本のタコ焼きの値段を決める
2 地域史のなかのモロッコ 世界史のなかのモロッコ
第6章 歴史概観(1)——フェニキアとローマ文化の影響
第7章 歴史概観(2)——アラブ・イスラームの到来とベルベル帝国の時代
第8章 歴史概観(3)——シャリーフ王朝の伝統
第9章 歴史概観(4)——ナショナリズム運動と独立
第10章 二人のイブン——イブン・バットゥータとイブン・ハルドゥーン
第11章 アンダルスからの移住者——イスラーム・スペインの残照
第12章 世界史に登場するモロッコ——モロッコ事件と保護領化
第13章 ジブラルタル海峡に見える世界史——ヨーロッパとアフリカの混在
第14章 リーフ戦争——ベルベル農民たちの共和国の試み
第15章 知られざるモロッコ兵——スペイン内戦とモロッコ人兵士
第16章 モロッコに残るスペイン領——セウタとメリーリャ
3 文化におけるローカリズムとグローバリズム
第17章 クスクス料理——金曜日はクスクスの日
第18章 タジンとハリーラ——代表的な家庭料理
第19章 アッツァイ文化——ミントティーでおもてなし
第20章 大麻——キーフとハシーシュ
第21章 もう一つのタバコの伝来——黒人社会支配の意外な副産物
第22章 民衆音楽——フォークロアに息づく声と響き
第23章 アンダルス音楽の伝統——連綿と歌いつがれる古典組み歌
第24章 マグリブのアラビア語化——モロッコ方言の複雑な様相
第25章 暮らしの言葉——モロッコ・ベルベル語方言タシュルヒート
第26章 ベルベルの山村文化——日常生活と移動と変化
第27章 こんにちは、赤ちゃん——変わりゆく出産と人々の実践
第28章 フランス語マグリブ文学——複雑な歴史を持つ多言語社会ゆえに生まれた
4 聖性とタブーの空間
第29章 シャリーフのメッカ——預言者の子孫の知ろしめす国
第30章 恵みに満ちた社会?——聖者信仰と日常生活の連続性
第31章 邪視・ジン・呪術——恐ろしきもの
第32章 地名からわかるモロッコ社会——人、社会、自然へのまなざし
第33章 マウリド——イスラームの「新たな」祝祭
第34章 アーシューラーの祭り——モロッコ独特の祝祭
第35章 ムーセムとモロッコの祭り——集いと楽しみの場の多様性
第36章 政治体制の特徴——「アサビーヤ」から「シャラフ」へ
第37章 三つの「タブー」——アッラー、ワタン、マリク
第38章 タブーへの挑戦——イスラームか大洪水か
5 内なるモロッコ 外なるモロッコ
第39章 ユダヤ社会——モロッコの内なる他者
第40章 経済問題——貧困と失業
第41章 アラブ・マグリブ連合——統一への夢と現実
第42章 アラブ連盟のなかのモロッコの位置——実行力が問われるアラブ諸国の連帯
第43章 西サハラ問題——誰が正当な西サハラ住民であるのか
第44章 AUとモロッコ——アフリカ唯一のAU非加盟国
第45章 アメリカとモロッコ——大海を隔てた隣人
第46章 EUとモロッコ——地中海−EUとの間に立ちはだかる紺碧の壁
第47章 世界に広がるモロッコ人社会——ヨーロッパの移民を中心に
第48章 日本とモロッコ——経済交流の現状と展望
6 伝統と革新 政治・社会・文化に見える両面性
第49章 暦に見える伝統社会——西暦、イスラーム暦、農事暦
第50章 カラウィーン・モスクの伝統——信仰と学問の殿堂
第51章 カリフを名乗る国王——イスラーム世界の最高指導者?
第52章 結婚式と葬式——入念さと簡素さが示す死生観
第53章 モロッコのエリート——伝統的エリートと近現代のエリート
第54章 選挙と政党——民主化を妨げる多党制
第55章 マイクロクレジット融資と女性のエンパワーメント——モロッコにおける貧困削減プログラム
第56章 NGOの活動と地域開発——モロッコ型の小さな政府と地方分権の伝統
第57章 フェミニズム運動——家族法をめぐる論争を中心に
第58章 アル・カーイダとつながるイスラーム過激派——モロッコは穏健なイスラーム国?
7 オリエンタリズムとツーリズム
第59章 映画から見たモロッコ——モロッコの魅力を知らしめた最大功労者
第60章 絵画・ポスターから見たモロッコ——画家たちはみな東をめざした
第61章 シャンソンから見たモロッコ——人々の歌は真実を語る
第62章 モロッコの世界遺産——迷宮都市から要塞の集落まで八つの文化遺産
第63章 日本人のモロッコ発見——きだみのるが描いたモロッコ
第64章 日本の歌謡曲から見たモロッコ——あるときは妖艶、あるときは哀愁漂う異国の象徴
第65章 青年海外協力隊が築いた日モ交流史——がっぷり四つに組んでこその異文化交流
前書きなど
はじめに
中東・北アフリカ地域で日本人観光客の多い国はおそらくエジプトとトルコであろう。ところが、海外旅行の大衆化現象の象徴ともいうべき「地球の歩き方」シリーズのモロッコ版は、エジプト(二二番)やトルコ(二一番)よりも早く、一一番目に刊行されている。そう思ってテレビ番組や一般雑誌を見ていると、確かにモロッコを扱ったものが多いように思える。マラケシュの広場の大道芸人、世界遺産フェスの迷路、サハラの大砂漠、クスクス料理とミントティー、ヘンナや泥を使った美容法などなど。本書はもちろん旅行ガイドブックではないが、「オリエンタリズムとツーリズム」という部を設けたことからもわかるように、観光の視点もとりいれられている。
基本的な編集方針は、第一に、専門書ではないが、従来の概説書をなぞるのではなく、新しい研究・考察に基づくオリジナルな「モロッコ発見」を意図したこと。第二に「なるほど!」、「へー、そうだったのか!」と思わせるような、テーマの意外さと切り口の斬新さをめざしたこと。第三に、本書を手にした方がモロッコに行ってみたい、モロッコのことをもっと調べてみたい、と思うように「グレーゾーン」的内容(面白そうだが、はっきりしない事柄)の執筆に挑戦したこと。この第三の問題は、テーマが新しく、十分に明らかにできなかったことの裏返しともいえるが、「グレーゾーン」の解明に向けて多くの方がモロッコに関心を向けてくだされば、本書のねらいはほぼ達成されたといえるだろう。
モロッコは観光では有名ではあっても、風土、歴史、政治、経済、宗教、文化などの専門分野ではかならずしもよく知られているわけではない。したがって、本書でも、一通りこれらの分野の理解ができるように構成されている。しかし、本書の部題を見ていただければおわかりになるように、それを順番に並べるのではなく、「モロッコ」の特質を浮き彫りにするような部題のなかに、個別原稿がはめ込まれるようになっている。もちろんどこから読んでいただいてもかまわない。
執筆者はほとんど全員が現地体験者である。若い方が多いが、そのぶん「昔の原稿」を使うことなく、新しい資料や情報を分析・収集し、とても充実した原稿を執筆してくださった。かなり難しいテーマもあったが、とにもかくにも編者の方針に沿った出版にまでたどりつくことができ、感謝の気持ちでいっぱいである。
モロッコ地方は歴史的にマグリブ・アクサーと呼ばれた。マグリブとは「西」、アクサーとは「最果ての」という意味である。マグリブ(北アフリカ)のなかの最果ての国、それがモロッコなのである。日本からは地理的にいちばん遠い国の一つだろう。だが、私たちの日常的な食べ物もモロッコからたくさん輸入されており、気がつかないうちに日本(人)とモロッコ(人)との「結びつき」ができているのである。昨今、イスラームがらみのテロや紛争の報道が絶えない。本書でも触れたように、アラブ・イスラームの国の一つであるモロッコもこれと無縁ではない。テロや紛争が、複雑な国内・国際関係の諸問題から起こることは明らかだとしても、私たち一人ひとりにできることは、互いによく知り合い、信頼関係を築いていくことだろう。本書がそうした目的のために少しでも役立つことができれば幸いである。
二〇〇七年三月
私市正年・佐藤健太郎