目次
はしがき
1.ドメスティック・バイオレンスの国際比較
ドメスティック・バイオレンスの法的対応と課題
──フランスとの比較から見えるもの(神尾真知子)
中国における家庭内暴力の現状とその対策──婚姻暴力を中心に(鄭 澤善)
2.児童虐待問題の国際比較
児童虐待の予防を見据えて(三枝 有)
児童福祉法、児童虐待防止法の改正を受けて(川崎二三彦)[崎は大が立]
虐待による子どもへの影響(柳川敏彦)
子どもの暴力性(破壊性)と家族(宮本信也)
日本における児童虐待の実態とその背景
──都市部(西東京市・三鷹市・武蔵野市)における一般成人対象の実態調査結果の概要(荒木義修)
児童虐待──アメリカの現状と問題
(ドナルド・C・ブロス/エドワード・ゴールドソン/本田りえ訳)
イングランドにおける児童保護(マーガレット・リンチ/古橋 剛訳)
オーストラリアにおける児童虐待の実態と課題(キム・オーツ/古橋 剛訳)
ドイツの家庭内養育における暴力禁止の効果(カイ=デトレフ・ブスマン/湯尾紫乃訳)
児童虐待防止へのセクター間相互協力アプローチ(マルセリーナ・ミーアン/根本治子訳)
3.高齢者虐待問題の国際比較
スウェーデンにおける高齢者虐待の実情とサーラ法(ビヤネール多美子)
中国の親孝行法と高齢者虐待の課題(黄 金衛)
前書きなど
はしがき
「家族とは何か」への問い直しがされた1994年国際家族年のスローガンは、「家族から始まる小さなデモクラシー」であった。そこには、経済や社会変動とともに家族も流動し、家族の中の個人化、個人の自由が広がって個人重視の傾向が強くなり、家族の機能やかたちも変わらざるをえなかったという戸惑いも含まれている。しかも、血縁・親族という家族から、血縁関係にない人々による家族、同性カップルの家族にいたるまで、さまざまな家族が存在している。まさに、家族は揺れ動き、変貌し、自分の家族のかたちを求めて変容している。
こうした家族の変容の真只中で問題となっているのが、家族間暴力の発生である。家族間暴力には、DVと略称されている配偶者からの暴力、児童虐待、家庭内暴力、高齢者虐待などが相当するが、もはや社会的に放置できない問題にまでエスカレートしている。しかし、このような家族間暴力がどうして発生するのかという根本的な原因の究明は、残念ながら十分にされていないというのが実情であった。
そこでまず、2003年6月に日本法政学会のシンポジウムで、「親と子の法と政策」をテーマに、荒木義修、神尾真知子、三枝有、小川富之が、家族間暴力を視点に権威主義的パーソナリティ、児童虐待、世代間連鎖、親子関係と法などについて報告をし、古橋エツ子が司会を担当した。この段階で、本著の基礎作りが始まっていたと言える。その後、私たち5人は、2003〜2004年度の科学研究・基盤研究Cにおいて「家族の変貌と暴力」(研究代表者:古橋エツ子)をテーマに、家族間暴力の要因を社会的心理的に究明するため、(1)家族・親子関係の変容、(2)幼児・児童虐待に対する法制度の役割、(3)配偶者からの暴力、(4)高齢者虐待、(5)家族間暴力に関する意識調査などの研究に取り組んだ。同時に、この研究では、ドイツ、フランス、オーストラリアなどの家族間暴力の実態と課題を調査研究した結果や、子どもの虐待防止に関する「国際児童虐待防止協会」(IPSCAN)および「日本子ども虐待防止学会」など、内外の会議への出席を通して国際比較も試みている。本著は、これらの成果をまとめたものである。
さらに、これらの調査研究による国際比較に加えて、荒木、三枝、古橋が交流をもっているオーストラリア、アメリカ、イギリス、ドイツ、スウェーデン、中国などの研究者たちが、本著のために書き下ろした研究論文も掲載することができた。したがって、諸外国の家族間暴力への考え方、防止対策、法制度上の整備などが明確にされている。また、医療・心理分野から虐待にともなうトラウマや世代間連鎖についての分析、さらには児童相談所における現場の悩みなど、親子関係の不安感・攻撃性と家族間暴力との関連性も明らかにしている。本著が、貴重な資料となると同時に、家族間暴力に関する共通の悩みを認知し、そこから新たな防止策を模索することができると願っている。
なお、本著を『家族の変容と暴力の国際比較』と題したのは、調査研究をする中で、家族がすっかりとかたちを変えてしまった変貌ととらえるのではなく、かたちを変えざるをえなかった家族の葛藤を感じたからである。つまり、家族のかたちを変えざるをえなかった家族、その中で生じた暴力に対して、何らかの法的保護、予防策などを諸外国の事例を踏まえながら検討しなければならないと強く気づかされたからである。
2006年12月12日
古橋 エツ子