目次
はじめに
国際バカロレア用語解説
第1部 国際バカロレアとは
1.国際バカロレア・カリキュラムの概要
2.国際バカロレアにおける日本人生徒の現状
資料1 国際バカロレア・ディプロマによる欧米大学への進学
3.国際バカロレア機構の歴史
第2部 調査から見た日本人生徒のキャリア・パス
1.在学生調査——ディプロマ・プログラム受講前から卒業まで
2.大学との接続調査——ディプロマ取得と大学入試
3.社会人調査——国際バカロレア・プログラム受講者のその後
第3部 国際バカロレア教育の現場
1.日本語A1の実践とキャリア意識
2.日本語A1教師像——アンケート実態調査から
3.「中等課程プログラム」と国際教育の試み
第4部 教育の国際性をどう考えるか
1.インターナショナル・スクールの位置づけ
2.海外における日本人社会と子どもたちの日本人アイデンティティ
3.教育の国内性と国際性
資料2 質問紙:国際バカロレアの教育効果とキャリア意識に関する調査
あとがき
前書きなど
はじめに(抜粋)
本書の執筆者と構成
国際バカロレアは、本書を読むとわかるように水準の高いプログラムである。しかし、インターナショナル・スクールなど行われている教育機関が限定されているため、一般に知られることが少ない。国際バカロレアのディプロマ取得者の絶対数が少ないということもあろうが、大学入試に従事する大学関係者でさえ正確な情報を把握しているとは限らず、生徒たちは国際バカロレアに一所懸命従事しても日本の大学で正当に評価してもらえるかどうか強い不安を持っている。そのため、本書は研究的な内容とともに、できるだけ国際バカロレアを広く紹介できるよう心がけた。
なお、本書の構成は次のとおりである。
第1部は、国際バカロレアについて一般的な事実を解説し、カリキュラム、設立の経緯、組織、などの概要を分担して執筆したものである。若干内容が重複しつつも、執筆者によって違った切り口で扱うことで、国際バカロレアの全体がわかるような解説的内容にした。
第2部は、主として科学研究費補助金の研究成果をとりまとめたものである。研究1、研究2の内容を基に、第1章「在学生調査」にその結果を提示した。第2章では「大学調査」として2002(平成14)年に実施したヨーロッパにある国際学校への質問紙調査・訪問調査と日本の大学(京都大学、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス[SFC]、国際基督教大学)への訪問調査時のデータを加筆修正して掲載した。また、研究3の社会人の面接調査の結果は第3章「社会人調査」で示してある。
第3部は、国際バカロレア教育の現場にいるアムステルダム、デュッセルドルフ、パリの3人の日本語教諭による論考である。第1章は日本語A1の教授内容と子どもたちのキャリア意識、第2章は日本語教諭へのアンケート調査の結果と考察、第3章では国際バカロレア・ディプロマ・プログラムの後にできた中等課程プログラム(MYP)の国際教育上の意義について書かれてある。
第4部は、教育の国際性をどう考えるかについて鳥瞰的な考えをとりまとめた。第1章には、上記研究1から研究3の中で日本人アイデンティティに関してのデータを抽出し海外に暮らす日本人の特性や日本人社会について考察した。第2章はインターナショナル・スクールの位置づけを国内外の議論からとりまとめてある。第3章は、最終章としてそれぞれの国が自国民に行う教育の意義と国際的文脈での教育について長く国際理解教育に従事した経験から論考したものである。それは、国が行う教育とインターナショナル・スクールの教育の基本的視点を提示し、本書の根底を流れる国際的な教育というものの全体像にとりまとめるものとなっている。
国際バカロレアの持つ理想
最後に、本書を編集し筆者が感じている国際バカロレアの今日的意義を確認しておきたい。
第一に、国際バカロレア・プログラムは、子どもの創造性や潜在的能力を開花させるため、生徒の自主的カリキュラム選択に重点をおき、それぞれの生徒にとって望ましい教育内容を提供しようとする。社会が直面している少子・高齢化の現状にあって、今後の社会を担う子どもたち1人1人に課せられるものは過去に比べて相対的に大きい。医療分野では、1人1人の状況や症状に応じたオーダーメイド医療(made-to-order medicine)、テーラーメイド医療(tailor-made medecine)、個別化医療(personalized-medicine)といった言葉ができている。教育の場でも、少子化の中で、1人1人の特性に応じた注文仕立てのような教育を行い、最大限に能力を伸張させることで社会の有為の人材として活用しようとする考え方は、今後ますます重視されるようになっていくであろう。その意味で国際バカロレアは、これまでのフリーサイズで一律に提供されてきた教育とは根本的に異なる少数を対象にした個別化された教育プログラムの1つの類型と言えるであろう。
第二に、国際バカロレア・プログラムの目標とする国際的教養人という理念の持つ今日的意義がある。これまでの歴史を見れば、人の生存に必要な資源や財貨に関し20世紀の終わりまでは、誰もが多少の差はあれ、何かを獲得しうる成長型競争が可能だった。しかし、現在は限られた資源を奪いあう競争のため参加すること自体が消耗をもたらす競争になってきていると言われている。これからは、限られた資源を強いもの同士で奪いあうのではなく、人類生存のために強い者も弱い者も共生しうる社会への移行は必須なのである。この意味で、国際バカロレアのカリキュラムは恒久平和を願う教育者の理想や良心を表したものであろう。その目的は、国際的な環境の中で、それぞれの文化を尊重し共感性を持った国際的教養人の育成にあるからである。
第三に、国際バカロレア・プログラムは、社会の中枢を担うリーダーの資質を養成しようとする。そこには、世の中の表層に惑うことなく、自分の頭で考え、批判的思考を経ながら、ものごとの真理や事実を探究する人材の育成への希望が込められている。そのようなプログラムを経て人間的にも教養と品格を持った子どもたちが、私たちの身近な地域、日本、そして世界に輩出され、世の中の中枢を担うようになったらどんなに素敵なことであろうか。人材、人的資源(Human Resources)という言葉は、教育の世界では表だって語られることが少なくなった。しかし、社会を動かすのは人間である。今後の社会を担う良識のある人々を育てるという意味で、国際バカロレア・プログラムは、理想主義的ではあるものの、教育に従事する人々に夢を与え魅了するものであり続けるであろう。
偶然従事した国際バカロレアの仕事であったが、知りえる過程でプログラムの意義を感じることが多々あった。その意味で、本書を手にした方が、これからの若い人々の教育について考える、ささやかなきっかけとなることを願い、国際バカロレアを紹介する本書を世に出したく思う。
2007年早春
岩崎久美子