目次
はじめに
フィンランド・プロフィール
フィンランドと周辺地図
フィンランドの学校制度
第1章 女子生徒の「読解力」の高さとその背景
1 PISAで上位を占めたフィンランドの子どもたち
2 ジェンダー視点から学力テストの結果を見る
3 女子はなぜ勉強に積極的なのか
4 フィンランドの女性の労働と教育の位置づけ
第2章 ジェンダー平等の現段階
1 ジェンダー平等はどこまで達成されたか
2 男女平等法と男女平等オンブズ・男女平等ユニット・男女平等局
3 北欧諸国のジェンダー平等のとりくみと北欧男性会議
第3章 教育制度改革とジェンダー・社会階層
1 学校から職業へ
2 中央集権的教育制度から地方分権へ
第4章 ジェンダー平等教育・性教育と教科書
1 学校におけるジェンダー平等教育と教科書
2 新しい教育課程指針と性教育
3 学校訪問で見られた子どもと教育
4 性教育に関する教科書・教材
第5章 子どもの性的発達とセクシュアリティ形成
1 おとなの生活に見られるジェンダー・セクシュアリティ
2 子どもの性的発達を支える社会のネットワーク
あとがき
前書きなど
はじめに
IT産業におけるめざましい発展やPISAで示された子どもたちの学力の高さなどから、近年、国際的に注目されているフィンランドは、素朴で温かい人たちの住む全人口520万人ほどの国です。地理的には、東欧と北欧の境界に位置し、歴史的にも両者からの文化的、政治的影響を受けてきましたが、大統領が女性で、大臣の44%が女性であることに象徴されるように、男女平等先進国でもあります。
PISAで示された非常に高い読解力の中心になっているのも女性たちであり、この点への注目なしに同国の現状を正確に把握することはむずかしいといえるでしょう。
私は、1978年から79年にかけて、夫と幼い娘たちといっしょに、ヘルシンキに滞在しました。当時、研究者としての自立をめざしながら、子育て最中の私には、すべての成人女性の経済的自立をうたうフィンランドの労働力政策やそれを保障するための多様な保育制度など、どれも興味をかきたてるものばかりでした。そこで、帰国後、収集した資料や体験に基づいて、『女性の自立と子どもの発達——北欧フィンランドに学ぶその両立への道』(群羊社、1982年)を出版しました。
日本の「女子教育」史や男女共学制史の歴史的研究をすすめていた私は、日本での課題を考える手がかりとして、その後も、ジェンダー平等の視点からフィンランドの動向に注目し、1990年代後半からは、ジェンダー平等教育、性教育に関する現地調査を開始、多くの資料を収集することになりました。
一方、日本では、1990年代末ごろから、性教育、「ジェンダーフリー」教育へのバッシングが強められ、さらに、格差社会の進行のなかで、子どもたちの学力格差の拡大が大きな問題となってきました。今回、これらの調査を「ジェンダー・セクシュアリティと教育」に焦点化して刊行することにしたのは、このような日本の状況とは、まったく違う理念と施策のもとで、フィンランドのジェンダー平等の進展があり、子どもたちの高い学力が生み出されていることを、広く知ってもらいたいと切に考えたからです。フィンランドの子どもたちの暮らす社会は、小学校から大学まで授業料はなく、義務教育段階までは、教科書代はもちろん給食費や医療費、時には交通費なども含めて無料というような、現在の日本が向かいつつある方向とはまったく逆の社会福祉政策の基盤のうえに成り立っているのです。
さらに、子どもたちは、ジェンダー・セクシュアリティの形成に関しても学校、地域の両面から十分な教育を受けられるように工夫され、この分野の知識だけではなく、実際の生活で利用できるようなスキルの獲得がめざされています。全体にそれがゆきわたっているかと言えば、そうではありませんが、少なくとも、日本のように教師のとりくみが、過激性教育などとして、バッシングされる状況にはありません。ですから、ここから、学ぶことは大いにありうると考えられます。
本書がさまざまなところで、読まれ、活用されることを期待します。
橋本紀子