目次
まえがき
第1章 進展するNAFTAの経済統合
1. 緊密化が進むカナダのNAFTA域内貿易
2. 一体化する北米エネルギー市場
(1)北米依存を強める米国エネルギー市場
(2)北米エネルギー需給の現状と今後の戦略
3. 相互調達が進む北米自動車産業
(1)NAFTA効果を享受
(2)NAFTAに組み込まれたカナダ自動車産業
(3)高まるカナダの自動車生産シェア
第2章 カナダ経済の発展と日加関係
1. 望まれるカナダとの貿易・投資の進展
(1)変わりつつあるカナダのイメージ
(2)大きいカナダの潜在力
(3)これからの日本の対加ビジネス
(4)望まれる親子間取引の拡大
2. 成長を持続するカナダ経済
3. 拡大するカナダの貿易・投資
(1)変化する貿易構造
(2)海外への直接投資が拡大
(3)日加間の投資は低迷
第3章 カナダにおける経済発展の歴史
1. 米国の経済発展
2. 1次産品主導の経済発展
3. 鉄道と小麦ブーム
4. 建国以降の産業発展
5. 大恐慌と雇用環境
第4章 転換するカナダ産業
1. 産業構造の変化と科学技術振興策の特徴
2. カナダの主要産業の現状と特徴
(1)豊かな資源を活用する農産・加工食品産業
(2)地域経済を支える林産業
(3)輸出に貢献する鉱物・エネルギー産業
(4)躍進するIT産業
(5)研究開発が進むバイオ産業
(6)有望なカナダの環境産業
第5章 北米との貿易自由化への動き
1. 自由貿易協定の流れと日本の対応
(1)自由貿易協定とは何か
(2)北米との通商協定の可能性
(3)北米・南米における日系企業のFTAへの対応
2. 日加間の経済関係強化への動き
(1)最近の日加間の貿易自由化への取り組み
(2)カナダの自由貿易を巡る歴史
(3)提案されたサービス部門の分野別協議
(4)日加経済人会議での提言
(5)日加間のサービス・規格分野における課題
あとがき
参考文献
索引
前書きなど
まえがき
今日の北米・南米に対する米国の通商戦略の柱は、自由貿易協定(FTA: Free Trade Agreement)による貿易の拡大である。その第1歩は1989年の米加自由貿易協定(CUFTA: Canada-USA Free Trade Agreement)であり、次は1994年の北米自由貿易協定(NAFTA: North American Free Trade Agreement)の発効であった。同時に、南米との間で米州自由貿易地域(FTAA: Free Trade Area of The Americas)構想を打ち上げ、2005年の成立を目指した。現実には、米国とブラジルの利害が対立し、2005年の半ばにおいてもFTAA合意の目途は立っていない。
2003年11月のマイアミFTAA閣僚会議では、自由化などの約束は参加国一律の義務を課すものではなく、加盟国間の個別交渉とするなど(FTAAライト)、FTAAの今後の動きは当初の構想から後退した感が見られる。しかし、米国は既にドミニカ、中米5カ国(コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア)とのFTA交渉で合意に達し、米国上下両院でも実施法案が可決された。それにアンデス諸国(コロンビア、ペルー、エクアドル)ともFTA交渉を進めており、個々の中南米市場との貿易自由化を着々と実現しつつある。つまり、米国はFTAAの成立前に3分の2の中米諸国とのFTAを完成させようとしている。
一方、EUは2004年5月に10カ国が加盟し25カ国に膨れ上がったが、南米ともFTAを通じた密接な経済関係を模索している。EUはメキシコとの間でFTAを2002年7月から発効させているし、南米南部共同市場(メルコスール/MERCOSUR: Mercado Comun del Cono Sur、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ)、中米共同市場(CACM:グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ)ともFTAを交渉中である。
EU−メキシコFTAの影響により、メキシコの政府調達市場などでのEUの競争力の高まりは顕著で、日本は苦戦を強いられた。これが、メルコスールにおいても同様な事態が出現する可能性がある。FTAAやEUと南米とのFTAは、16世紀以来の形を変えたヨーロッパと米国の南米での市場獲得競争の産物なのであり、日本は明らかにその競争に出遅れているといえよう。
南米が北米とEUとの間でFTAを締結すれば、日本などの域外国からの貿易は、域内国間の貿易に取って代わられることになる。こうした三つのブロックによる貿易障壁を崩すために、幾つかの手段が考えられる。その一つは、日本がこれらのブロックのいずれかと太いFTAを結ぶこと。二つ目は、北米・南米のいずれかの国と2国間のFTAを結び、そこから米州経済圏に入り込むこと。三つ目は、米州経済圏に子会社を設立し、現地法人としてFTAのメリットを享受することである。
日本はメキシコとのFTAに合意しており、2番目の方法は現実のものとなっている。このため、日本からの輸入品の関税負担が軽減される分だけ、メキシコは北米・南米における日本企業のアクセスの拠点としての優位性を持っている。
しかし、米州経済圏において関税が低い日本製原材料・部品を用いて生産している日系企業であれば、輸入コストがメキシコよりも大幅に高くなるわけではない。また、原材料・部品の現地調達率が高い企業であれば、必ずしもメキシコでの生産にこだわる必要はない。なぜならば、原産地規則により、一定の現地調達率をクリアーしていれば現地産と認定され、FTA域内で低関税による輸出が可能なためである。
実際、日本の大手企業などは既に米国を中心に現地法人を設けており、それを活用することで、FTAAやEU−南米とのFTAに対応していくことができる。しかしながら、北米・南米市場が統合され、これにEUが部分的にFTAを結んでくるわけであるから、調達・供給ルートの流れに変化が現れ、日系企業の競争条件が大きく変質することになる。
したがって、米墨中心の日系企業の北米・南米でのこれまでの生産・販売拠点体制が必ずしも最適な配置とは限らなくなる。コスト競争力と流通条件で優位に立つ北米・南米企業、EU企業に対して、日本企業は米国における生産拠点の見直し・移転、カナダや南米への新たな生産・販売拠点の設置、および北米・南米間の調達・販売ルートの再検討などで対応する必要がある。
このような戦略は主に米州経済圏の現地子会社を利用したものであり、子会社を設けていない日本企業においては、FTAを結んでいないメキシコ以外の国への輸出競争力が低下することになる。こうした事態を改善するためには、上述の1番目と、2番目の方法であるFTAを推進する以外に手段はない。メキシコだけでなく、カナダや南米の国、あるいは米国を含めたFTAの締結を将来的に検討する必要がある。
これに対して、日本は東南アジアや中国とのFTAを優先させ、これらの地域の進出拠点から北米市場に輸出すればよいとの考え方もある。米国やカナダがアジアとのFTAを進めれば、在アジア日系企業がそれらのFTAを利用した北米への輸出を展開することにより、こうした考えはより現実的となる。しかし、将来、米国が原産地基準や輸入制裁措置などを強化して、こうした流れに対抗する可能性がないとはいえない。やはり、消費地域の近くで生産・販売するという原則を崩すことはリスクにつながる。
多様化せざるをえない日本企業の北米・南米に対する通商戦略の中で、最も北に位置するカナダをどう評価すべきなのであろうか。カナダの特性は、比較優位にある資源産業を抱えながらも、ハイテク分野(IT、医薬・バイオ、環境など)の競争力も高く、特に研究開発分野に強いことである。農産品からハイテクまでの製品開発への政府の補助金の仕組みも充実しており、それは現地法人だけでなく、外国企業のカナダ企業との共同開発にも適用される。税制面では、特にR & D(research and development)に対する優遇措置が手厚い。オンタリオ州を中心に自動車産業の裾野は広く、品質だけでなくコスト的にも米国より優位にある。
こうしたカナダの経済的特長を生かす米州戦略として考えられるのは、日本のハイテク技術を持つ企業のカナダ企業との戦略的提携である。例えば、独自技術を持つ日本企業が、原料・生産コストが安く、既存の生産設備を有するカナダ企業に生産委託を行い(ジョイント・ベンチャーもありうる)、北米・南米市場に供給するのである。市場への供給は日本企業の子会社が米国にあれば、それを利用できるし、カナダ企業の親企業が米国企業であれば、その販売ルートを使って販路を拡大できる。カナダ企業の米国親企業が南米で生産・販売拠点を有していれば、それを利用し、協力しながら製品を南米市場にも展開できる。将来は、米国親企業と組んで南米で生産し、北米・南米市場に供給することも考えられる。
したがって、日本企業の新たな北米・南米戦略においては、カナダなどのようにこれまで活用しきれなかった国を再検討する意味でも、FTAAやEU−南米FTAの内容、各国の経済制度や産業情報をできるだけ収集・分析し、米墨だけでなく米州市場全体での生産・販売拠点の見直しやFTAの有効活用を図っていくことが不可欠である。
このように、日本企業は21世紀を迎え、北米および南米での経済活動において転換点に立っているわけである。こうした問題点に対応するため、本書では、主にカナダを活用した北米・南米戦略を検討した。まず第1章では、カナダを中心に北米エネルギー市場、北米自動車産業における統合の実態を紹介している。北米におけるエネルギーの相互依存は予想以上に進展しており、その成果は北米域内を走る無数の原油・天然ガス・パイプラインからも確認することができる。また、NAFTA発効以降の1990年代においては、1980年代よりも自動車・部品の北米域内間の調達比率が上昇していることは、データからはっきりと読み取ることができる。この2産業だけではなくほかの産業を含めた北米産業間の実際の経済相互依存は、米加自由貿易協定、NAFTAを通じて着実に深化している。
また、本書は資源や観光以外の情報が極端に少ないカナダ情報のスキ間を埋めようとする試みの一つである。そのため、第2〜第4章で、カナダにおけるビジネスチャンスの可能性、カナダ経済・貿易・投資の現状、経済発展の推移、産業構造の変化と主要産業の実態、などを取り上げた。
カナダの貿易・投資先としての魅力が理解され、日本の対加投資が膨らめば、製品の逆輸入を含む企業内取引が進展するものと思われる。こうした企業内貿易の進展はこれまで、米国、アジアで典型的に見られてきた。例えば、米国に進出した日系企業の対日輸出額は、本書第2章で取り上げているように、実に1997年における米国全体の対日輸出の4割強にも達する。アジアとの資本財貿易においては、明らかに逆輸入を中心とした親子間取引による貿易の拡大が見られる。米国・アジアでのこのような親子間取引中心の水平分業の拡大が、近年の日本の製品貿易における特徴の一つといえる。
したがって、カナダや米国との製品貿易をさらに拡大するためには、貿易障壁を取り除くとともに、一層の投資が求められる。その意味でも、日本と北米との自由貿易交渉の推進は有効である。かくして、北米との経済連携は、直接・間接的に貿易を進展させるだけでなく、投資拡大による製品間の水平分業の進展に結びつくことになる。このため、本書では、第5章で、日本と北米との自由貿易体制に関する問題点や今後の課題を取り上げた。また、カナダのサービス・規格分野における障壁に焦点を当て、同分野における日加間の問題点と対応策を展開している。
今後の米州市場の変質に対して、総合的な北米・南米市場戦略を打ち立てるためには、周辺国の経済・産業情報の収集・蓄積が欠かせない。その意味において、本書で展開しているカナダを中心とした北米における経済交流の実態と現状分析を通じて、カナダ経済・産業の理解、日本企業の北米・南米でのビジネス展開、および日本と北米との経済連携強化の動き、などに少しでもお役に立てれば幸いである。