目次
第1部 福祉国家の基礎構造とジェンダー
第1章 福祉国家とジェンダー[大沢真理]
1.空前の「福祉国家ブーム」?
2.福祉国家研究の流れ
3.日本の福祉国家とジェンダー視点
4.「男性稼ぎ主」型から脱却するのか
5.「型」の転換の意味
第2章 財政と年金制度[神野直彦・大沢真理]
——ジェンダーへの財政社会学的アプローチ——
1.はじめに
2.市場社会のジェンダー格差と3つの政府体系
3.年金改革とジェンダー
4.結びに代えて
第3章 家族家計・家計内個々人への収支配分・社会保障[室住眞麻子]
1.本章の課題と問題意識
2.家計内ジェンダー関係
3.家計所得水準と貧困率
4.家計所得構成の諸相
5.おわりに
第4章 福祉国家と労働政策[田端博邦]
——ジェンダーの視点から——
1.はじめに
2.「ケインズ主義的福祉国家」とジェンダー
3.福祉国家の変容とジェンダー
4.福祉国家の型と労働政策
5.結びに代えて
第2部 所得移転,社会サービスとジェンダー
第5章 高齢者介護政策における家族介護の「費用化」と「代替性」[森川美絵]
1.はじめに
2.福祉国家における高齢者介護とジェンダー
3.90年代における高齢者介護政策——概要と理念
4.家族介護の費用化と代替
5.まとめ
第6章 児童手当制度におけるジェンダー問題[北明美]
1.はじめに
2.日本の児童手当の変遷とその特徴
3.諸外国における児童手当・家族手当政策の展開
4.日本における児童手当の創設と社会運動
5.児童手当制度の展開
6.結びに代えて
第7章 女性の所得保障と公的扶助[藤原千沙]
1.社会保障の体系と公的扶助の位置
2.生活保護の動向と補足性の原理
3.貧困層の量的存在と生活保護
4.母子世帯の「自立」と生活保護
5.おわりに
第8章 ジェンダー・エクィティ実現のための教育戦略[朴木佳緒留]
1.はじめに
2.議論に先立つ若干の問題整理
3.教育・学習機会のジェンダー格差
4.学校におけるジェンダー再生産の転換を
5.労働と教育をリンクする
6.まとめに代えて——自立と自律の教育を
前書きなど
本書の第1章でふれるように,空前のブームともいえる状況にある福祉国家研究で,ジェンダーは分析の基軸の1つとされている。これは,本叢書の企画が始まった時点では,期待はしても予期はできなかった研究状況である。 すなわち,経済のグローバル化のもとで,福祉国家の「衰退」が避けられないとされるいっぽうで,その研究は,レジーム論を中心として空前といっていい活況を呈している。そのなかで,福祉国家とは,先進国内の労使関係,先進国・途上国の関係,そしてジェンダー関係という20世紀後半の3つの政治経済的力関係の結節点であり,それらの力関係の推移が福祉国家の今後の帰趨をも左右する,と指摘されている。より端的に,ジェンダー関係の変化こそが福祉国家を呼び出したという趣旨の定義もおこなわれている。 とくに,先進国と途上国それぞれにおけるジェンダー関係は,先進国福祉国家の前提だった。先進国では,妻子を扶養する男性フルタイム労働者(「男性稼ぎ主male-breadwinner」)が雇用保障と社会保障の対象であり,女性が無償で家族の育児や介護をおこなうことが,社会サービスの制度設計にあたって前提されていたのである。なおかつ,先進国の経済成長を支えた途上国の「安価」な産品は,生存維持的な第1次産業や都市のインフォーマル・セクターでの女性の無償労働に支えられていた。 このような研究状況は,もちろん“おのずと”現出したのではない。エスピン・アンデルセンは,1990年の著書『福祉資本主義の三つの世界』で国際的な注目を集め,最近にいたる福祉レジーム研究のブームの旗手となったが,初期の福祉国家類型論は,「ジェンダー中立的」なタームで記述や分析をおこないながら,分析の概念や単位が男性を起点にすることが少なくないと,フェミニストに批判された。たとえば,社会的な権利や資格を得るためのさまざまな根拠について概念化する作業で,年金や定住権など女性が夫をつうじて得る権利のようなものは見逃されていた。 そうした弱点は,日本を的確に位置づけることの困難に集中的に表れていた。エスピン・アンデルセン自身が『福祉資本主義の三つの世界』の「日本語版への序文」で認めたように,日本は彼の類型論にとって試金石でもあるような分類困難なケースだった。ところが,ジェンダーに敏感なアプローチにより,たとえば仕事と福祉におけるジェンダー(不)平等などの指標を組み込むと,日本がギリシャやスペインに近いことが鮮やかに示された。そこで,ジェンダー分析に呼応してエスピン・アンデルセンも,90年代後半以降,国家と市場にたいする家族の関係を分類指標に組みこみ,福祉国家類型論から福祉レジーム類型論へと研究を進化させることになった。具体的には,福祉国家からの給付または市場からの供給によって,家族の福祉やケアにかんする責任が緩和される度合を,「脱家族化」という指標として導入したのである。 では,「脱家族化」の系譜はどのようなものか。欧米諸国が福祉国家建設を進めた第二次世界大戦後には,「男性稼ぎ主」の規範は,いずれの国でも強く,実際にも女性の男性にたいする経済的依存度は大きかった。とはいえ,各国の福祉国家の制度設計は一様だったのではない。スウェーデンの制度では当初から「男性稼ぎ主」規範の刻印が薄く,早くも1970年代には「男性稼ぎ主」型から離脱した。他方でオランダは,1970年代には「男性稼ぎ主」型の代表ともいえる状況だったが,経済・財政危機に対応する雇用・福祉改革をつうじて,80年代以降,男女ともパート労働で夫婦合わせて1.5人分稼ぐという「オランダ・モデル」を生みだし,危機を克服した。これにたいして日本の「男性稼ぎ主」型は,高度成長期以降に導入され80年代に強化された。 そうした日本福祉国家のあり方を比較の観点から精査することが,本書の狙いであり,さらに90年代なかば以降の動向を踏まえて今後の進路が展望される。まず,「第1部 福祉国家の基礎構造とジェンダー」では,「第1章 福祉国家とジェンダー」が以上のような研究の流れをたどり,研究動向のなかで日本の位置づけがもつ実証的理論的な意義を論じる。「第2章 財政と年金制度」では,「市場社会」を存立させるためにも必要な「3つの福祉政府体系」のあり方を見たうえで,社会保障基金政府の最大部分を占める年金制度の改革案を提起する。「第3章 家族家計・家計内個々人への収支配分・社会保障」は,家計の分析をジェンダー視点からおこなうとともに,日本の家計収支構造の特徴から社会保障政策に示唆する点を述べる。「第4章 福祉国家と労働政策」では,労使関係が20世紀福祉国家の立脚点の1つであったことに着目して,労使関係と労働市場にかんする政策にそくして福祉国家の型を考察する。 「第2部 所得移転,社会サービスとジェンダー」では,「第5章 高齢者介護政策における家族介護の「費用化」と「代替性」」が,従来は無償とされてきた家族介護が金銭的費用として認知され対価を受けるという意味での「費用化」と,介護義務からの家族の解放を確保する「代替性」を分析の軸とする。「第6章 児童手当制度におけるジェンダー問題」では,日本の児童手当制度の特異な制度設計と展開を,諸外国と比較し,また政労使および女性運動等の影響に関連づけて検討する。「第7章 女性の所得保障と公的扶助」は,公的扶助の受給者の推移と動向とともに,公的扶助が包摂しない貧困層の量についても把握を試み,とくに母子世帯を例に「補足性の原理」の作用を分析する。「第8章 ジェンダー・エクィティ実現のための教育戦略」では,労働の内実と意識が変化しつつあるなかで,その労働と生活にかかわる問題に焦点をあて,学校教育の範囲にとどまらず,今日的課題としての教育戦略を論じる。 本書の出版が編者の責任によって遅延を重ねたために,執筆者の方々,監修者ならびに明石書店の編集部に多大のご迷惑をおかけしたことを,お詫びする。この間に望外に豊かになった先行研究の蓄積は,執筆者の粘り強い改稿をつうじて本書に反映されることになった。2003年12月編者 大沢 真理