目次
序 章
第一章 オスマーン朝下のバグダード、モースル、バスラ
三つの州の権力構造
オスマーン朝による三州の「再征服」
スルターン・アブドゥ・ル=ハミード二世とトルコ青年団
統合と進歩の委員会、その反対者たち
第二章 英国による委任統治
英国の占領とそれに対する反応
一九二〇年のイラク動乱
国家の制度上の定義
委任統治と条約
モースル問題——領土と石油
異なる共同体、異なる目的、異なる歴史
政治的・経済的特徴
第三章 ハーシム王制/一九三二〜四一年
社会的アイデンティティと部族騒擾
社会批判と政治的謀略
一九三六年のクーデター
軍閥政治——汎アラブ主義と軍内部の謀略
第二次世界大戦中のイラク
一九四一年クーデターと英国の軍事占領
第四章 イラク・ハーシム王朝/一九四一〜五八年
体制の再構築
妨害された自由化
対外政策——アラブ問題、パレスチナとポーツマス条約
経済開発と政党政治
ヌーリー・アッ=サイード——改革と抑圧の政治
ヌーリー・アッ=サイード——外交イニシアティブと国内の挑戦
一九五八年のクーデター
第五章 一九五八〜六八年の共和国
アブドゥ・ル=カーリム・カーセム——独裁と幻滅
カーセム統治下におけるイラクの対外政策
陰謀の政治と一九六三年二月のクーデター
一九六三年のバアス党支配と支配の喪失
アブドゥ・ッ=サラーム・アーリフ——ナーセル主義者としての野心とイラクの現実
世襲主義と部族支配
アブドゥ・ッ=ラフマン・アーリフ——掌握の後退
第六章 バアス党とサッダーム・フセインの統治
アフマド・ハサン・アル=バクルと権力の強化
クルド人とシーア派の挑戦とイランとの関係
経済的パトロン関係、政治支配、そして外交政策の提携
クルド地域での戦争
石油収入、外交政策、そしてサッダーム・フセインの台頭
サッダーム・フセインの大統領職と一九八〇年のイランとの戦争
政権防衛と一九八二年以降のイラク
一九八四〜八八年の消耗戦
クルドとシーアの抵抗
イラン=イラク戦争後の状況とクウェイト侵攻——一九八八〜九〇年
クウェイトのための戦争と一九九一年蜂起
制裁下のイラクと湾岸戦争の長い戦後
サッダーム・フセイン政権のしぶとさ
クルドの自治と政治
反体制勢力の限界
復興と外国の介入の狭間で
結 論
訳者あとがき
原注/参考文献/さらなる理解と調査のために
用語解説/年表/索引
【訳者】
大野元裕/岩永尚子/大野美紀/大野元己/根津俊太郎/保苅俊行
前書きなど
二〇〇三年五月一日、ブッシュ米大統領は、イラクにおける大規模な戦闘が終結したと宣言した。同時にブッシュ大統領は、イラクには「解放」と「自由」がもたらされ、イラクにおける「民主主義」は、他の中東地域の国々に対する手本となると述べた。確かに、イラク国民は、希有の独裁者であるサッダーム・フセインと彼の政権から「解放」された。しかしこのことがただちに、イラクにおける「自由」を保証し、「民主主義」を確固たるものとしたわけではなかった。五月一日以降、イラクで起こったことは、秩序の下での「自由」ではなく、混乱と無秩序であり、戦後の状態から事態は改善の兆しを見せないままに数カ月が過ぎ、事態は悪化の方向に向かったようにすら思われた。そこでは、長期にわたるイラク人の忍耐が要請され、不満が高じ、「解放軍」であったはずの米軍兵等が標的にされる襲撃事件が多発するようにまでなったのである。この結果、治安が安定しないために復興が進まない、復興が進まないために治安が回復しないという悪循環が見られるようになったのであった。 本書は、二〇〇〇年に発行された「イラクの歴史」に関する書籍で、書名が表す通り、近現代における「イラク」とイラクにおける「歴史」を簡潔に解説する良書であることは間違いない。本書は単線的な出来事の時系列的な羅列ではなく、イラクの指導者にとって好ましい「歴史」、そしてこの「歴史」を国民にいかに押しつけてきたか、その「歴史」に対して「国民」がいかなる反応を示してきたかを描いている。つまり、この書は、「イラク」と「歴史」の関係、両者を育んできた「上」からの力とそれを受け止める「下」の構造を明快に表しているのである。そこにおけるまさに「歴史的関係」は一定のルールを導き出し、それは社会的・政治的なディスクールに育った。そしてこのディスクールこそが、イラクの歴史そのものであるようにすら思われる。(後略)訳者あとがき 大野元裕