紹介
災害の記憶と忘却を分かつもの
メディア言説の分析から、災害をめぐる記憶のダイナミズムを解明する画期的研究
1960年、9月1日が「防災の日」となる。前年に日本列島を襲い、5000人以上の犠牲者を出した伊勢湾台風がきっかけとなり、防災意識の向上を目指して定められたものだ。しかし、9月1日という日付は37年前に発生し、記憶が風化していた関東大震災の記念日であった。一見目立たないこの「防災の日」の設定は、その後の日本社会の災害認識に重大な変化をもたらすこととなる。忘却の危機を乗り越え全国規模での想起の対象となった関東大震災と、甚大な被害を出しながらもローカルな記憶にとどめられた伊勢湾台風。ふたつの運命を分けたものは何だったのか。災害間、地域間、時代ごとの比較を通じ、記憶と認識の変遷に迫るとともに、災害研究に新たな沃野を切り拓く歴史社会学の力作。
「過去の巨大災害の記念日を、被災体験の有無にかかわらず、全国的規模で想起するという営みは、果たして自明なものなのだろうか? こうした営みは、いつの時代にも支持を得てきたのだろうか? 答えは、否である。さらにいえば、毎年の記念日に想起することの重みを、広く社会で受け止めようとすることは、三・一一の衝撃だけが可能にしているわけではない。現代日本の災害認識は、東日本大震災や阪神・淡路大震災といった、近年の巨大災害のみに規定されるものではないからだ。」(本書より)
目次
はじめに
序章
第Ⅰ部
第一章 復興語りの終点/記憶語りの始点――〈東京〉の帝都復興祭
帝都東京の自意識
大阪と帝都復興祭
放送と帝都復興祭
可視化された帝都
第二章 戦時体制と「震災記念日」――記憶の動員、解体
第一期 復興以後の「震災記念日」
第二期 「興亜奉公日」と「震災記念日」
第三期 戦後の「震災記念日」
慰霊、動員、解体
第Ⅱ部
第三章 「震災記念日」から「防災の日」へ――関東大震災の再構築
社説が描く「震災記念日」(~一九五九年)
社説が描く「防災の日」(一九六〇年~)
「防災の日」の周年社説
転換点としての一九六〇年
第四章 平凡な「魔の九月二十六日」――伊勢湾台風の忘却
『東京朝日』――取るに足らない日
『名古屋朝日』――地方支社の独自報道
『中日新聞』―重要な記念日
伊勢湾台風の集合的記憶
第Ⅲ部
第五章 「地震大国」と予知の夢――記憶の想起/未来の想像
新聞は予知をいかに語ったか
予知報道とは何だったのか
「夢」の再考
第六章 「地震後派」知識人の震災論
震災をいかに語るか
個人的な記憶と集合的記憶