紹介
喜界島・奄美大島・加計呂麻島・請島・与路島・徳之島・沖永良部島・与論島− 文とイラストで奄美群島の妖怪・幽霊をのぞき見た、初の本格的ムン(怪異)論
日本(ヤマト)文化と琉球文化が重層し、島ごとに個性豊かな歴史と文化が息づく奄美群島。本書は、これまで話題に取り上げられることが稀であった奄美群島の怪異=ムン(ムヌ)の世界を、郷土誌(史)と島の人々の話をもとに構成。事例紹介にとどまらず、怪異をめぐる語彙解釈や様態分類、傾向把握、話のモチーフ分析、始原論、系譜論、現在論など一考を加えて解説した。文とイラストで奄美群島の怪異世界を覗き見ることができる1冊。
【目 次】
はしがき/奄美群島MAP
第1章 名前・場所・声
1 怪異の総称―奄美群島―/2 鹿児島の怪異の総称/3 夕暮れ時を何というか?/4 その怖い場所を何というか/5 あの世の三味線の音/6 怪異の声/7 妖怪退治
第2章 予兆と火の玉
8 不吉な予兆/9 シカタ/10 チカバク/11 火の玉と火災/12 火玉追いと火玉小屋/13 火の玉、みんなでみれば怖くない/14 チュダマ(人玉)/15 火の玉とケンムン
第3章 妖怪とその周辺
16 ニタンボージ/17 ヨーネ/18 耳切れ豚/19 首切れ馬/20 アモレウナグ/21 ウグミ/22 ウバ/23 ミンドン/24 モーレィ/25 シャンペロペロ/26 牛と怪異/27 山羊と怪異/28 猫と怪異/29 インミャオー/30 イッシャ/31 イシャトゥ 1/32 イシャトゥ 2/33 ヒーヌムン/34 ガーロー/35 河童 1/36 河童 2/37 テンゴノカミ/38 ユワトゥシガミ 1/39 ユワトゥシガミ 2/40 ユワトゥシガミ 3/41 人喰いの大ダコ/42 予言獣「へいろつぱあ」
第4章 ケンムンの深層
43 ケンムン由来譚/44 ヒキャゲとムーチー/45 なぜ、ケンムンはタコが嫌いか/46 ケンムンの足跡/47 なぜ、ガジュマルに棲むのか/48 シャコガイとケンムン/49 親戚を探して
第5章 幽霊の物語
50 カンツメの物語/51 西間切役所の幽霊/52 モチーフ分析/53 古仁屋の三角公園/54 イマジョの物語/55 イマジョ話の二村間型/56 イマジョ話の一村完結型/57 イマジョと塩道長浜節
第6章 怪異への対処
58 現世の権威/59 後手の呪術/60 血筋の呪術/61 十字の呪術/62 ツバ(唾)の呪術/63 粟の呪術/64 寝る前には何か食べなさい/65 浜辺で隠れるなら、舟/66 家で隠れるなら、鍋のフタ
第7章 畏怖のゆくえ
畏怖のゆくえ
あとがき
目次
【目 次】
はしがき/奄美群島MAP
第1章 名前・場所・声
1 怪異の総称―奄美群島―/2 鹿児島の怪異の総称/3 夕暮れ時を何というか?/4 その怖い場所を何というか/5 あの世の三味線の音/6 怪異の声/7 妖怪退治
第2章 予兆と火の玉
8 不吉な予兆/9 シカタ/10 チカバク/11 火の玉と火災/12 火玉追いと火玉小屋/13 火の玉、みんなでみれば怖くない/14 チュダマ(人玉)/15 火の玉とケンムン
第3章 妖怪とその周辺
16 ニタンボージ/17 ヨーネ/18 耳切れ豚/19 首切れ馬/20 アモレウナグ/21 ウグミ/22 ウバ/23 ミンドン/24 モーレィ/25 シャンペロペロ/26 牛と怪異/27 山羊と怪異/28 猫と怪異/29 インミャオー/30 イッシャ/31 イシャトゥ 1/32 イシャトゥ 2/33 ヒーヌムン/34 ガーロー/35 河童 1/36 河童 2/37 テンゴノカミ/38 ユワトゥシガミ 1/39 ユワトゥシガミ 2/40 ユワトゥシガミ 3/41 人喰いの大ダコ/42 予言獣「へいろつぱあ」
第4章 ケンムンの深層
43 ケンムン由来譚/44 ヒキャゲとムーチー/45 なぜ、ケンムンはタコが嫌いか/46 ケンムンの足跡/47 なぜ、ガジュマルに棲むのか/48 シャコガイとケンムン/49 親戚を探して
第5章 幽霊の物語
50 カンツメの物語/51 西間切役所の幽霊/52 モチーフ分析/53 古仁屋の三角公園/54 イマジョの物語/55 イマジョ話の二村間型/56 イマジョ話の一村完結型/57 イマジョと塩道長浜節
第6章 怪異への対処
58 現世の権威/59 後手の呪術/60 血筋の呪術/61 十字の呪術/62 ツバ(唾)の呪術/63 粟の呪術/64 寝る前には何か食べなさい/65 浜辺で隠れるなら、舟/66 家で隠れるなら、鍋のフタ
第7章 畏怖のゆくえ
畏怖のゆくえ
あとがき
前書きなど
はしがき
奄美群島をご存じであろうか。九州南部の鹿児島と沖縄本島の間に連なる島々で、喜界島・奄美大島・加計呂麻島・請島・与路島・徳之島・沖永良部島・与論島からなる。その景観は、琉球石灰岩の段丘と隆起サンゴ礁に囲まれている島もあれば、山地が多い森林主体の島もある。また、地下に鍾乳洞がある島もあれば、環礁と白い砂浜にぐるりと囲まれた島もあり、それぞれ個性豊かだ。この有人八島すべてに足を運んだ経験がある方は、おそらく旅好きであっても、あるいは、この群島の島民であっても多くはないかもしれない。
奄美群島の一帯は、かつて中世相当期に琉球王国の版図に含まれていた。それによって、言葉や芸能、信仰などの文化的なベースは沖縄に通じた近さを持っている。それが江戸期に入って薩摩藩統治下となったことで、現在、属しているところの鹿児島県へとつながっていった経過がある。こうして、日本(ヤマト)文化と琉球文化が重層しつつ、島ごとに個性が熟成されていった歴史をこの島々は持つことになった。この島々を歩いていて、鹿児島もしくは沖縄とそれぞれ共通する文化と出会うと同時に、鹿児島とも沖縄ともまた違った印象を持ったりするのはそのためである。
果たして、この島々には、どのような妖怪や幽霊の世界が広がっていたのだろうか。
奄美群島に伝わる怪異を総称する基本的な民俗語彙は「ムン(ムヌ)」である。これを標準日本語に変換するなら、今のところ「怪異」というほかに言葉が思いうかばない。本書のタイトルに「妖怪」とついているのは、後書きにも触れておいたが、元々、地元新聞での連載時に島内読者の関心を引こうと名付けたタイトルをそのまま踏襲したためで、本当は『奄美怪異考』と言った方がよいのかも知れない。
分野的には民俗学のジャンルに含まれるものだが、その日本の怪異研究の学史に照らした論述展開は、柳田國男『妖怪談義』のみは重ねて参照しつつも本書にはほぼない。 きちんとした論文のフォームを取っていないこと、紙面が限られていたこともあるが、そもそも日本全体の怪異論のなかで奄美群島の怪異の世界が話題に取り上げられることが稀であったことも理由のひとつである。まずは「ムン(ムヌ)」の世界の広がりを俯瞰するための「怪異誌」を編むことを目指してみることにしたい。
本書では、学史を十分に反映させていないことによって、「妖怪」や「幽霊」といった章立てを掲げつつも、その定義的な説明はアバウトなままになっている。ただ、意図的に曖昧にして置いた方が、島民の感性の実態に沿うと思われる一面もある。どれが「妖怪」なのかを定義的に選別して取り上げるということは、島民が恐れを抱いてきた怪異から一側面のみを切り取るということでもある。それでは全体の俯瞰はしづらい。筆者が育った与論島では、怪異は総じて「ムヌ」であり、妖怪と幽霊を区別する見方は島民にはなかったと記憶する。奄美大島でも「ムン」という語尾を持つ「マヨナムン」という言い方がその感性に相当し、江戸時代の島の言葉では幽霊も「ムン」語尾を持って「タチムン」とよばれていた。
本書の記述の軸に据えているのは、地域の郷土誌(史)から引用した事例群である。これまで島で歴史や民俗を記録してきた、いわゆる「郷土史家」とよばれる人々が、それぞれの時代と場所で書き留めてきた怪異の記述の中から、筆者も「郷土史家」のひとりとして「これは‼」と高まったものをピックアップしてみた。それは自分が生まれ育った島、そして今も住んでいる島をもっと知りたいという好奇心に押されて、島の人々が干瀬でタコやサザエを探すように郷土誌の海を泳ぐような作業でもあった。その収穫物の如く引用した事例群を読者と共有すべく、注はなるべく細かく付しておいた。関心を持った話があればオリジナルをぜひ辿ってみていただきたい。
「怪異誌」を編むならば、やはり、土地の人々の語りを紹介していきたいが、ここ奄美群島においても伝承的な語りの世界は時代の流れに逆らえずに遠くなってきており、かつて記録されてきたように出会うことは難しい。とはいっても、島に住んでいると日常生活のなかで不意打ちのように耳に入ってくる話があるのもまた事実で、その辺りは文中の各所に反映しておいた。
記述は、なるべく事例紹介だけになることは避けるよう努め、その怪異をめぐる語彙解釈、様態分類、傾向把握、話のモチーフ分析、始原論、系譜論、現在論など、その都度、筆者なりの一考を加えてみた。中には展開や説明そのものが十分でないものもあろうかと思われるが、そこはご容赦いただきたい。
本書は基本的に、どこから読んでいただいても構わない。読者の方々には、気楽にパラパラとページをめくり、蘇祢切也のイラストで気になったところで指を止めていただくだけである。そこから、全国的にまだまだメジャーではない奄美群島の怪異の世界を覗きにきていただきたい。