紹介
文学の歴史を書き直すために、何に出会い、どう書くか。
さまざまな切り口がいざなう、近代日本文学研究の可能性。
既存の思考の呪縛のうちにある、「文学研究」を取り囲む〈枠〉と格闘し、どうもがいたか。「空間」「文学史」「メディア」をテーマに、全11章で考えていく書。
【 小説は何をどのように書いてもよいと、鷗外が言ったとき、彼は「夜の思想を以て」と付していた。ここまで私は、文学研究は何をどのように書いてもよいといい、文学研究と隣接領域との交通の重要さを主張したわけだが、しかしそもそも「文学(研究)」の内/外という物言い自体が、既存の思考の呪縛のうちにある。「文学」と「研究」がその姿を変えないまま「外」といくら交渉を重ねても、一時しのぎの意匠が増えていくだけだろう。
本当に新しいものは、見晴らしのきく昼の世界においては見つからない。わかりきったルーティーンの作業と、それに慣れきった思考が支配するのが昼の世界である。鷗外は役所勤めでへとへとになった自分を一度眠らせ、深夜に起き出して原稿を書いた。「昼の思想と夜の思想とは違ふ」(「追儺」五八七頁)。昼の怠惰な明澄さを眠らせ、文目も分かぬ「夜の思想」にいかに分け入るか。そこで何に出会い、どのように書いていくのか。もちろん、夜の冒険は昼の冒険よりも格段に難しい。】……本書「空間・文学史・メディア 何に出会い、どう書いていくのか」より
目次
空間・文学史・メディア―何に出会い、どう書いていくのか
第I部 言葉と空間から考える
第一章●身体と空間と
心と言葉の連関をたどる―梶井基次郎「檸檬」―
1 〝上ル下ル〟から京都と「檸檬」を読む
2 身体と空間と心を言葉はどう語っているか
3 「街の上で」という表現が示す身体と空間
4 身体を読む―潜在と顕在の劇のなかで
5 身体の模倣と抵抗―想像の「大爆発」とは
6 読者の身体、読者の街
第二章●文学から土地を読む、土地から文学を読む
―菊池寛「身投げ救助業」と琵琶湖疏水―
1 土地の歴史、文学の記憶
2 京都、岡崎の近代と物語の時間
3 菊池寛は岡崎・疏水に何を見たか
4 物語のもう一つの伏流―金銭をめぐって
5 京都近代の傍流の風景
第三章●鉄道と近代小説
―近松秋江「舞鶴心中」と京都・舞鶴―
1 道行はどこへ―近代テクノロジーと心中
2 「舞鶴心中」の踏まえるもの―実話・世話浄瑠璃
3 描かれる鉄道の利便と愉楽
4 鉄路の道行―心中と軍港
5 距離と時間、そして今生の名残の抹殺
第Ⅱ部 文学作品と同時代言説を編み変える
第四章●笑いの文脈を掘り起こす
―二葉亭四迷「浮雲」―
1 笑いから見る「浮雲」
2 「浮雲」の笑い―類型的性癖描写、言葉遊び、列挙
3 列挙と百癖、あるいは〈当世官員気質〉―発想の型に注目する
4 何が「浮雲」の笑いを消したのか
第五章●作品の死後の文学史
―夏目漱石「吾輩は猫である」とその続編、パロディ―
1 「吾輩の死んだあと」の文学史
2 吾輩の死後の生活圏―〈アーカイブ〉の生成
3 二次的創作の中の「猫」たち―その四類型
4 〈アーカイブ〉から考える〈文学史〉
第六章●人格論の地平を探る
―夏目漱石「野分」―
1 明治末、人格論の時代
2 白井道也の『人格論』と同時代の人格論パラダイム
3 「感化」と小説―人格論のキーワード
第七章●文学と美術の交渉
―文芸用語「モデル」の誕生と新声社、无声会―
1 文芸用語「モデル」の来歴を探る
2 田口掬汀「もでる養成論」の新奇さ
3 「モデル」という用語の流通経路―平福百穂・新声社・无声会
4 「モデル」をめぐる理論的文脈―大村西崖と田口掬汀
5 文芸用語「モデル」、その後の展開
第八章●表象の横断を読み解く
―機械主義と横光利一「機械」―
1 時代が機械美を発見する
2 機械をめぐる想像力1―機械・人間・ロボット
3 機械をめぐる想像力2―機械の運命論
4 機械の運命論と横光利一「機械」
5 「科学」としての「文学」が測り始めるもの
第Ⅲ部 メディアが呼ぶ、イメージが呼ぶ
第九章●声の複製技術時代
―複合メディアは〈スポーツ空間〉をいかに構成するか―
1 複製された声とスポーツの空間
2 声の争奪戦―スポーツ・アナウンサーと活字メディア
3 スポーツ・ジャーナリズムの拡大と〈スポーツ空間〉
4 ファンの姿が描かれることの意味
5 呼びかける声の向こうに
第一〇章●風景写真とまなざしの政治学
―創刊期『太陽』挿画写真論―
1 雑誌に写真が入った時代
2 写真版印刷の登場と『太陽』
3 創刊期『太陽』の挿画写真概観
4 外国風景の挿画写真―机上旅行と人類学のまなざし
5 日本風景の挿画写真
6 創刊期『太陽』挿画写真の機能と効果
第一一章●誰が展覧会を見たのか
―文学関連資料から読む文展開設期の観衆たち―
1 「観衆」とは誰か
2 美術展覧会と近代観衆
3 複層化する観衆
4 展覧会システムと観衆化
5 文展観衆のなお「外」に
あとがき
索引(人名・書名・事項)